氷の材料が揃うとき ― 星がつくった酸素と宇宙最初の氷

超新星爆発により、星の内部でつくられた酸素は宇宙へと解き放たれる。塵の周りに水素と酸素が集まり、宇宙に静かに氷ができ始める / Composed and visualized with ChatGPT

超新星爆発により、星の内部でつくられた酸素は宇宙へと解き放たれる。塵の周りに水素と酸素が集まり、宇宙に静かに氷ができ始める / Composed and visualized with ChatGPT

Title:
雪と氷の物語──宇宙から人間の創造へ
The Story of Snow and Ice: From the Cosmos to Human Creation


Previous:
氷の記憶 ― 宇宙が冷えて最初の水素が生まれるまで

Next:
準備中


ビッグバンから数十万年が過ぎ、宇宙は十分に冷え、水素原子が安定して存在できるようになった。前節では、この宇宙で最初に誕生した“氷の素材”――水素――が生まれるまでの過程をたどった。しかし、氷をつくるには水素だけでは不十分である。酸素が必要だ。

では、その酸素はどこからやって来るのか。その答えは 星の誕生・進化・死 という宇宙のサイクルのなかにある。酸素は恒星の中心部で核融合という反応によってつくられ、星が寿命を迎えて爆発するとき、初めて宇宙空間へと撒き散らされる。つまり、酸素を得るためには、星が生まれ、輝き、そして死ぬという一連のサイクルが不可欠である。

ところが、水素が誕生した直後の宇宙にはまだ星が一つもなかった。


初めての星が誕生

ビッグバンから約38万年後、宇宙は膨張によってすっかり冷え、電子と原子核が結びついて水素とヘリウムの原子が安定して存在できるようになった。これにより、宇宙を満たしていた光は物質に妨げられずに進めるようになったが、同時に宇宙にはまだ星がなく、光を放つ存在がどこにもないため静かで暗い宇宙が広がっていた。いわゆる暗黒時代である。¹⁾

どこも同じように見える静まり返った宇宙。しかし、光も星もまだ存在しない宇宙空間には、すでにガスがゆっくりと漂っていた――そのほとんどが水素で、わずかにヘリウムが混ざるだけの、単純だが広大なガスの海である。

この一面に均質に見えるガスの海をよく観察すると、ある場所ではほんの少しだけガスが多く、別の場所ではわずかにガスが少ない。この“ごく小さな揺らぎ”こそが、やがて宇宙の大構造が生まれる出発点になる。濃い部分ではわずかに重力が強まり、周囲からガスを引き寄せてますます濃くなり、薄い部分は逆にガスが外へ逃げて、さらに希薄になっていく。時間が経つにつれ、この差はゆっくりだが確実に広がり、ガスが集まる“塊”と、ほとんど何もない“隙間”が形成されていく。この“塊”こそが、のちに原始星雲となる²⁾。ではどのようにここから星ができたのか?

原始星雲は、水素とヘリウムを主成分とする巨大なガスの塊である。その一部が重力によって収縮を始めると、中心部の密度・温度・圧力は急速に上昇していく。やがて中心温度が約1,000万℃を超えると、水素の原子核(陽子)が激しい速度で衝突し、電気的反発を乗り越えて結びつきはじめる。これが 核融合 の開始であり、わずかに失われた質量が光と熱へと変換されることで、冷たいガスの塊だった原始星は初めて自ら輝く恒星へと変わる。ここに宇宙最初の天体としての恒星が誕生する³⁾。



これが、原子が誕生してからおよそ 2億年後 の出来事である。宇宙に初めて星が灯った瞬間だ。そして、この恒星が生まれたことには決定的に重要な意味がある。それはこれまで水素(H)とヘリウム(He)しか存在しなかった世界に、まったく新しい元素を生み出す場が誕生したということだ。

恒星の内部では、中心部の高温・高圧によって水素が融合し、ヘリウムへ変わる。さらに質量の大きい恒星では、より重い元素が次々と合成されていく。つまり、恒星は、宇宙に“化学の多様性”をもたらす工場そのものとなった。この瞬間を境に、宇宙は単なる水素とヘリウムの海から、炭素、窒素、酸素、鉄といった、後に生命を形づくる元素が生まれる“豊かな宇宙”へと変貌していったのである。



酸素を含む新たな元素の誕生

ビッグバン直後の宇宙に存在していた元素は、水素(H)とヘリウム(He)がほとんどであり、酸素(O)や炭素(C)、鉄(Fe)といった元素は一切存在していなかった。

地球の大地や岩石も、生命の分子も、雪や氷を構成する水(H₂O)でさえ、この段階ではまだ生まれていない。なので星もこの時にはまだ恒星以外の星ー惑星や衛星、さらには彗星や小惑星ー等はまだ生まれていなかった。これらの星は恒星がつくり出した元素が後に集積して形づくられる二世代目以降の天体であり、恒星こそが宇宙を構成する物質の起源を担っていた。

しかしこの状況は宇宙に最初の恒星が誕生することで大きく変わり始める。恒星の誕生は、宇宙に複雑な化学構造をもたらすための“第一歩”であり、物質世界の多様化がここから始まる。

恒星が生まれる時は核融合が進行していたが、核融合は温度が高くなるにつれて段階的に異なる反応をとっていく。まず水素がヘリウムに変わり、さらに中心温度が数千万℃〜1億℃に達するとヘリウム同士が結合して炭素(C)が生成され、炭素とヘリウムが融合して酸素(O)へと変化していく。より質量の大きい恒星では、ケイ素(Si)や鉄(Fe)など、より重い元素が内部で生成される。恒星の内部は、まるで玉ねぎのように層構造を持ち、外側から内側へ向かって軽い元素から重い元素へと順に並ぶ⁴⁾⁵⁾。この“層状の核融合炉”こそが、宇宙に酸素や炭素を供給する唯一の工場であった。



恒星の内部では、長い時間をかけて炭素(C)や酸素(O)、そして鉄(Fe)といった重い元素が作られていく。これらの元素は私たちの周りのあらゆるものを形づくる素材そのものだ。鉄(Fe)は、地球の核や大陸の土台になるだけでなく、ビルや橋等の建造物など身近な構造物の芯を支えている。私たち自身の体の中でも血液のヘモグロビンに含まれ、酸素を運ぶ役割を担う。炭素(C)は鉛筆の芯やダイヤモンドといった物質はもちろん、私たちの体を作るタンパク質、DNA、細胞膜など、生命を成り立たせる分子の中心にすべて炭素が含まれている。珪素(Si)はガラスや陶器、砂浜の砂、そしてコンピュータの半導体チップの材料でもあり、現代文明の土台ともいえる。

しかし、恒星の内部でつくられたこれらの元素は、恒星が安定して輝いているあいだは外へ放出されず、内部に閉じ込められたまま宇宙へ供給されることはない。宇宙空間へ元素が解き放たれるのは、恒星が寿命の終わりを迎えたときである。太陽より大きな質量をもつ星の終末では、その象徴的な瞬間として超新星爆発が起こり、内部が重力によって急激に崩壊し、その反動で巨大な爆発が生じ、生成されていた元素が宇宙へ一斉に散布される。一方で、太陽に近い大きさ、またはそれより小さな星の場合、元素の散布は爆発ではなく、星の外層がゆっくりと宇宙へ流れ出す恒星風や、終末期にガス殻を放出する惑星状星雲の形成によって行われる。散布の仕組みは異なれど、元素が宇宙へ供給されるタイミングは「星が寿命の終末を迎える段階」に限られる点で共通している。こうして宇宙には初めて複雑な元素が行き渡り、惑星や生命に必要な材料が揃っていった。核の中から星間空間へ、そして次の星々や惑星へと受け渡された元素は、宇宙そのものが時間をかけて構築してきた素材の循環の結果だったのである⁶⁾⁷⁾⁸⁾。



星の塵が宇宙の氷の足場となる

恒星の内部で核融合が進むことで酸素が生まれ、やがて恒星が寿命を迎えて超新星爆発を起こすと、その酸素を含むさまざまな元素が宇宙空間へと放出される。こうして、H と O が同じ空間で豊富に共存する環境が整うため、理屈の上では H と O が結びつけば水(H₂O)ができ氷も生まれるはずだ。しかし実際には真空の宇宙にただ漂う原子同士は結びつく頻度は低かった。そこで決定的な役割を果たすのが、恒星の爆発によってまき散らされた微小な固体粒子――星間塵である。

超新星爆発で放出された高温のガスが急速に冷却されると、内部に含まれていた元素が次々に凝縮し、シリケート(ケイ素の鉱物)、炭素微粒子、金属微粒子など、ナノ〜ミクロンサイズの粒子が形成される。これらが「星間塵」と呼ばれる宇宙の固体であり、やがて広大な星間空間へ散らばっていく。この星間塵の表面は、分子が付着しやすい微細な凹凸や電荷の偏りを持ち、真空では出会えない原子・分子を“いったん捕まえる”役割を果たす。言い換えれば、星間塵は宇宙において化学反応が進むための「足場」であり、氷をつくるための“宇宙の実験台”そのものだった⁹⁾



こうした塵が宇宙空間で漂ううちに、周囲の環境温度が10〜50K(−263〜−223℃)という極低温の領域に入ると状況は一変する。光が届かない星間雲の奥深くでは温度が極限まで下がり、どんな分子であっても固体として存在できるようになるため、塵の表面に付着した瞬間の形のまま「凍りつく」。このため H と O が出会えばその場で H₂Oとして固体化し、さらに宇宙に漂う他の揮発性分子――CO、CO₂、NH₃、CH₃OH など――も同様に次々と凍りついていく。地球のように温かい惑星ではすぐに昇華してしまう分子たちも、極低温の宇宙ではしっかりと固体として存在できるのだ。

こうして塵の表面には、H₂Oアモルファス氷を基盤に、CO氷、CO₂氷、NH₃氷、メタノール氷などが層を重ねた“多成分の星間氷”が形成される。これは地球上で見られる氷(純粋な H₂O の結晶構造=氷Ih)とは本質的に異なる、宇宙独特の氷である。宇宙誕生から7〜9億年後、このような複雑な星間氷が銀河中に広く存在していたと考えられている⁹⁾。



ところが、この“宇宙ならではの氷”は、地球環境では決してそのままの姿を保てない。太陽から届く熱が強すぎるためである。宇宙空間の極低温ではCOやCO₂、NH₃、メタノールといった分子も問題なく凍るが、地球に降り立った瞬間、それらは温められて固体ではいられなくなる。たとえば CO は深い極低温にならなければ凍らず、CO₂ も地球のような温度ではすぐに固体を保てなくなってしまう。NH₃ やメタノールも同様で、いずれも氷として安定するためには、宇宙空間特有の何十ケルビンという冷たさが必要になる。

つまり、地球の −50〜50℃という“温かすぎる”範囲では、これらの宇宙的な氷の成分は固体のまま存在し続けることができず、すぐに気体や液体へと変わってしまう。地球上で固体の氷として安定していられる物質は、実質的に H₂O だけというわけである。そのため、私たちが日常で目にする氷は、宇宙の塵表面に広がっていた多成分の星間氷とは根本的に異なり、水だけがつくる“地球仕様の氷”である。宇宙に満ちていたあの複雑な氷の層は、地球では二度と現れない独特の存在なのである。

しかし、この“水だけが残った”という事実こそが、地球という惑星の運命を決定づけた。水が固体として生き残れるだけの温度環境に地球が置かれていたこと――その太陽との距離こそが、のちの生命圏を成立させる基盤になったからである。



この偶然の距離は、実際には生命圏そのものを形づくる決定的条件だった。もし地球が太陽にもっと近ければ、H₂O ですら蒸発して惑星表面に海は存在しなかっただろう。逆に遠ければ地球全体が凍りつき、生命は誕生し得なかった。地球は、水が凍りも蒸発もしない、太陽とのほどよい距離に位置していた。この条件が満たされたことで、地球には海が生まれ、大気が形成され、雲が立ちのぼり、雨となり、そして冷たさのなかで雪へと姿を変える。気象のサイクルが成立していく。

宇宙ではさまざまな分子が氷として存在していたが地球に降り注いだ星間氷のうち“水だけ”が残った。ここにこそ、私たちの世界の始まりがある。氷が溶け、蒸発し、再び凍りつくという水の循環が継続的に働くことで、気候が生まれ、季節が移ろい、河川が形成され、生命が進化する舞台が整えられた。水という状態が維持できた環境が地球の気象をつくり、雪を生み、生命圏全体を支えた。

その後宇宙で形成された星間氷の一部は、太陽系形成の過程で集まり彗星や微惑星の材料となった。複数の説があるが地球形成期には、こうした微惑星や彗星が地球に降り注ぎ、内部起源の水と混じり合って海と大気をつくったとも考えられている。こうして地球には“液体の水”と“固体の氷”が共存し、太陽光を受けて水が蒸発し、雲となり、雨となり、そして冷たさの中で雪へと姿を変えていく。

いま私たちが冬空の下で見る一片の雪は、星間塵の表面で最初の氷が生まれた遠い宇宙史の記憶を引き継いでいる。氷の物語は、ここから地球へ、そして気象と雪、生命への物語へとつながっていく。


Title:
雪と氷の物語──宇宙から人間の創造へ
The Story of Snow and Ice: From the Cosmos to Human Creation


Previous:
氷の記憶 ― 宇宙が冷えて最初の水素が生まれるまで

Next:
準備中
1.国立天文台 NAOJ. 「宇宙はどのように生まれたのか?」https://www.nao.ac.jp/study/uchuzu/univ02.html
2.Bromm, V., & Yoshida, N. “Formation of the First Stars and Galaxies” arXiv:0905.0929 https://arxiv.org/pdf/0905.0929
3.国立科学博物館. 「星はどのようにして生まれるのですか?」https://www.kahaku.go.jp/exhibitions/vm/resource/tenmon/space/stars/stars06.html
4.国立天文台 NAOJ. 「元素合成」https://www.nao.ac.jp/naoj-news/explanation/0003.html
5.川畑貴裕. 「恒星内の元素合成」『化学』2022年9月号, 大阪大学核物理研究センター https://nucl.phys.sci.osaka-u.ac.jp/pdfs/misc/Kagaku_202209_0829_Kawabata.pdf
6. JAXA/ISAS. 「できたての炭素をとらえる ― 惑星状星雲からのX線」https://www.isas.jaxa.jp/j/special/2008/suzaku/04.shtml
7. JAXA/ISAS. 「銀河団の高音ガスから元素の合成史・星の形成史を読み解く」https://www.isas.jaxa.jp/j/forefront/2004/matsushita/index.shtml
8. 日本製鉄. 「鉄の起源 宇宙の創造から生物の進化まで」https://www.nipponsteel.com/company/nssmc/science/pdf/V15.pdf
9. 渡部直樹・香内晃・毛利織絵・長岡明宏・日高宏
「アモルファス氷宇宙塵:宇宙における化学進化の舞台」『真空』第50巻第4号, pp.282–289, 2007年, https://www.jstage.jst.go.jp/article/jvsj/50/4/50_4_282/_pdf/-char/en


関連記事

関連トピック

#    #    #    #    #    #    #    #