民宿は登山者たちの憩いの場として始まり、雪国ではスキーリゾートの成長とともに地域経済を支えてきた。来訪者に手頃な料金で家庭的なもてなしを提供し、他の宿泊施設にはない親密さを宿泊者に届ける。旅館やホテルの洗練されたもてなしや民泊の自由さの狭間で、「民宿」という宿空間はその独自性を守り続けている。この空間はどのように未来において観光体験を届けていくことができるのか。民宿の歴史や他の施設との違いから考えていきたい。
民宿の定義
まずは民宿の定義を整理する。木島(1986)によれば民宿の定義づけを行うと次の5点に要約することができるとしている。
①民宿とは第一次産業の副業形態として営まれる。
②従業者は家族労働力が主体であり、特に主婦が中心的な役割を担っている。
③顧客のセルフサービスを主体とし、宿泊料金は低料金であり、料理飲食等消費税の免税点を基準としている。
④顧客に対し地場の産物、自家製の料理を主に提供する。
⑤家族的・家庭的ムードの中で食事や寝泊りの世話をしてくれ親しみを味わえさせてくれる。
木島(1986)民宿の経営構造に関する研究-食の面からの一考察- 日本大学農獣医学部食品経済学科『食品経済研究 第14号』 67〜74
民宿の歴史:登山・スキー文化とのつながり
家族経営での日本の伝統的な宿泊施設である「民宿」の起源は、20世紀前半に現在の白馬八方尾根である細野地区で始まり、この地が持つ登山文化と深い関わりを持っている。白馬村に訪れた登山者達が従来の旅館ではなく地元ガイドの家に宿泊することから民宿のルーツにつながっているとされている。
「山登り」の歴史をみると、江戸時代後期までは日本では山岳信仰による登拝登山は行われてはいた。江戸時代末期まで白馬山脈や八方尾根は神聖視されており、一般人が登山することは禁じられていた。しかし、明治維新後の規制緩和により、この地域は地質学者や植物学者、有名な登山家たちにとって新たな探検の地となる。特にイギリス人牧師であり登山家であったウォルター・ウェストンは、1894年に白馬岳の登頂を果たし、その経験を1896年に出版した『日本アルプスの登山と探検』で紹介。日本の近代的な登山(つまり従来の信仰登山とは違う、好奇心、冒険心に基づくスポーツ的要素を含む登山)が日本で幕を開けることとなるきっかけとして重要な時期だ。(なぜ山に登るのか)
白馬村の観光は、19世紀末から20世紀初頭にかけての夏山登山や学術研究による北アルプス登攀をきっかけに始まった。初期の登山者たちは地元ガイドの助けを借り、その往復時にガイドの自宅に泊まることが一般的だった。当初は善意による宿泊提供に過ぎなかったが、1910年代に冬山登山や山岳スキーが広まり、登山客の長期滞在が常態化すると、ガイドたちは次第に宿泊の謝礼を受け取るようになっていった。
1920年代後半、鉄道の開通が観光客の流入を後押しする一方で、世界的な不況は農家を窮地に追いやった。この時期、民宿が農家にとって重要な現金収入源として浮上した。特に細野地区(現・八方)は、1931年に山案内人たちが結成した「細野山岳クラブ」を起点に、1937年には16軒の家が警察の許可を得て公式に民宿営業を開始。この動きが、日本における民宿のルーツとなった。
1930年代以降、冬山登山やスキーの普及が進み、白馬村は農閑期を活用した観光地として変貌を遂げた。広い養蚕用の家屋を宿泊施設に改装したり、農地をスキー場に転用することで、地域の労働力と資源を最大限に活用した新たなモデルが誕生した。戦後の高度経済成長期には、1958年にケーブルカーやスキーリフトが導入され、白馬村は全国的なスキーリゾートとしての地位を確立。これにより民宿も急成長し、1948年から10年で約295軒の民宿が年間13,000人もの宿泊客を受け入れる規模へと発展した。
それぞれの宿泊形態との違い
民宿は、その家庭的な雰囲気や地域文化を感じたり、コストパフォーマンスも良いという点から独自のポジションを占めている。ここからは旅館、ホテル、ゲストハウス、民泊、さらにはペンションといった他の宿泊施設との違いを比較して、民宿の独自性を見て行く。
民宿と旅館の違い
今親しまれている「旅館」の歴史を遡ると、旅館が生まれたのは近世でそれまでは本陣、旅籠、湯治場宿というように複数体系の宿に分かれていた。明治維新を経て、江戸幕府が定めていた規制が撤廃され、各種の宿の機能が集約された結果、現代の「旅館」という形態が生まれた。(宿とは)
様々な宿の特性が混ざり合ってできた近代の旅館だが、民宿とサービスや施設を比較してみると旅館は比較的大規模施設が多く、温泉や宴会場を備え、伝統的な日本文化を提供するのが特徴だ。顧客層によっては高級感ある形で提供する旅館もあるので細やかな接客や高品質な料理を求める高級志向の旅行者にも支持されている特徴がある。一方民宿はアットホームで親しみやすい雰囲気を持ち、家庭料理や地域色豊かなもてなしが魅力である。現代の文脈ではコストを抑えたい旅行者や、地域文化を深く体験したい人々に選ばれている。
また、法律の観点からも、2024年11月執筆時点での現在の法律では民宿と旅館では異なる法律が適用される。総務省が所管している「日本標準産業分類」では、旅館は「旅館・ホテル」、民宿は「簡易宿所」と「旅館・ホテル」の両方に分類されていることがわかる。「簡易宿所」と「旅館・ホテル」の分類の違いによって、客室の床面積制限の違いや、フロントの設置の有無など制限に違いが出てくる。(旅館業許可)
旅館 | 民宿 | |
---|---|---|
施設 | ・大規模な施設で、温泉や宴会場などを備えることが多い。 ・設備や内装に高級感を持たせ、伝統的な日本文化を体験できる。 | ・小規模な施設で、家族経営の場合も多い。 ・既存の住宅や農家を改築して利用することが一般的。 |
サービス | ・細やかなサービスが提供される。高級路線もある(例: 部屋付きの仲居による接客) ・料理も高品質で、懐石料理や地元の名産を用意。 | ・アットホームで親しみやすいサービス。 ・家庭料理や地域色を活かした料理が多い。 |
客層 | ・旅館の種類によっては一般的な観光客だけでなく、高級志向のサービスを求める旅行者もいる | ・地域文化や家庭的な雰囲気を楽しみたい旅行者 ・コストを抑えたい個人旅行者やグループ客。 |
法律 | ・旅館業法の「旅館・ホテル」 | ・旅館業法の「簡易宿所」 |
民宿とホテルの違い
次に民宿とホテルの違いを見てみる。ホテルは近世に誕生した宿泊形態であり、ヨーロッパとアメリカでその進化の道筋は大きく異なる。ヨーロッパでは、貴族の邸宅でのもてなし文化が起点となり、それがレストランと宿泊施設の融合へと発展。こうして生まれたホテルは、優雅さと洗練を象徴する存在となった。一方、アメリカでは政治や社交の集会場としてのニーズがホテルの発展を促した。(宿とは) 法律の観点から見ると、2024年11月時点、日本ではホテルは旅館と同じく「旅館・ホテル営業」として規定される。
一方民宿は先ほど見たように、地域密着型の運営スタイルを持ち、家族経営を中心とし、地場産品や手作りの料理を提供するなど、アットホームな体験を重視する。施設はシンプルだが、旅行者に地域文化や生活を体感させる「場」として機能する点が特徴的だ。
ホテル | 民宿 | |
---|---|---|
法律 | ・旅館業法で「旅館・ホテル営業」として厳格に規定 | ・簡易宿所営業 |
設備 | ・大規模 ・トイレ・バスルームなど客室ごとに独立した設備 | ・小規模 |
滞在目的 | ・高級志向やビジネスのための滞在など | ・地元文化の体験、節約志向 |
雰囲気 | ・プロフェッショナル | ・アットホーム |
民泊と民宿の違い
民泊は、近年登場した新しい宿泊形態であり、その成長はインターネットの普及と深く結びついている。2000年代には「民泊サイト」と呼ばれるオンラインプラットフォームが登場し、2008年には米国企業Airbnb, Inc.が住宅や部屋を貸し出すサービスを開始したことで、民泊の普及が加速した。2014年にAirbnbが日本市場に参入すると民泊はテレビやインターネットで広く取り上げられ、新たな観光スタイルとして浸透。さらに、2016年にはAirbnbを利用して日本を訪れた旅行者が370万人を超えるまでに至り、その人気は外国人旅行者に留まらず、日本国内でも利用者を増やしている。
2024年11月現在、民泊は「旅館業法」とは異なる「住宅宿泊事業法(民泊新法)」の適用を受ける。この新法は、民泊の急速な拡大に伴う課題に対応するために制定されたものである。ただし、この法律には運営上の制約も含まれており、民泊の営業日数は年間180日までと定められている。この制限が、柔軟な運営を求める事業者にとって課題となることもある。一方、民宿は「旅館業法」に基づいて運営されており、営業日数に制限はない。さらに、法律により具体的な施設基準が定められているため、一定の設備やサービスが提供されることが保証されている点が特徴だ。このように、民泊と民宿は運営の自由度や法規制の観点で大きく異なっており、それぞれの特性が異なる宿泊体験を旅行者に提供している。
以下の表は、民泊と民宿の違いを整理したものである:
民泊 | 民宿 | |
---|---|---|
法律 | ・「住宅宿泊事業法(民泊新法)」 | ・「旅館業法」 |
運営の違い | ・営業日数の上限が180日まで | ・営業日数の上限はなし |
オーナーの有無 | ・住宅や部屋を一時的に貸し出す形態。通常、オーナーが同じ建物は滞在しない。 | ・民宿は宿泊施設として設計され、オーナーやスタッフが滞在者のサポートや管理を行う |
滞在目的 | ・節約志向の選択肢もあり ・非日常空間での滞在 ・一棟貸しなど様々な空間体験 | ・節約志向 ・地域文化や家庭的な雰囲気を楽しみたい |
施設 | ・一棟貸しなども含む多様な施設・空間 | ・プライベートが確保される部屋と、共同の食事スペース、お風呂場などがある |
民泊は空間を楽しむという意味では、より多様な選択肢がある宿泊体験を提供していると言える。
ペンションと民宿の違い
ペンション(Pension)は、スイス、オーストリア、フランス、イタリアなどのアルプス地域を中心に、ヨーロッパ各地で普及している食事付きの簡易宿泊施設である。この名称は、英語で「恩給」を意味し、ヨーロッパでは退職者が恩給をもとに始めた下宿屋がその原型とされる。のちに、これらは長期滞在用の宿泊施設として広く利用されるようになった。日本においては1970年に草津温泉の中沢ヴィレッジで第1号のペンションが誕生し、その後1980年には全国で600棟以上が建設されるまでに成長を遂げた。
船引(2024)は、ペンションが日本で登場した当初のイメージについて次のように述べている。1970年代から1980年代にかけてペンションは「おしゃれでメルヘンチックな」洋風の建物を特徴とし、家族的で清潔感のある宿泊施設として若者から高い支持を集めていた。その人気の背景には、ホテルや旅館と比較して手頃な価格で利用できる点に加え、民宿やユースホステルよりも洗練された雰囲気があったことが挙げられる。この特徴が、従来の宿泊施設との差別化を生み出し、当時の観光市場において画期的な存在となっていたようだ。
市川(1981)はペンションの説明で、日本で「洋風民宿」と呼ばれるペンションは、ホテルのような形式を取りながら、民宿風のサービスを提供する宿泊施設であると言っている。よって、サービスの観点からはほぼ民宿と同じと考えても良いかもしれない。
ペンション | 民宿 | |
---|---|---|
経営 | ・一般的には専業で経営されている | ・農林漁業など第一次産業との兼業として成立している |
スタイル | ・西洋風の瀟洒な建物 | ・和式が主体 |
ゲストハウスと民宿の違い
ゲストハウスはバックパッカー文化を背景に発展してきた宿泊スタイルだ。鍋倉(2021)は今日に至るまで、世界各地のゲストハウスはバックパッカーのインフラとして発展してきたと述べる。ゲストハウスという場は共有スペースなどの施設構造やイベントを通じて宿泊者同士に交流が生まれやすい場となっており、旅先での新しい発見や体験を可能にする。また、SNSやオンライン予約サイトの普及により、若年層を中心にその人気は急速に拡大し、「交流型観光」の象徴的な存在として位置付けられるようになった。また、安価なので長期間その場所にとどまりながらその街を探索することも可能で、アメニティも自分で用意するということも多いため、その町の人たちの目線で旅をする、ローカルのように旅をする、というような体験が可能になる。
ここでゲストハウスの定義を見てみたい。林・藤原(2015)はゲストハウスの定義を以下のように示している。
- 一泊一人から泊まれる
- 相部屋が存在する
- 交流スペースが存在する
- トイレとシャワールームと洗面所は基本的に共有である
さらに、ゲストハウスは旅の途中での「拠点」としての役割を果たし、宿泊者がその場での交流を通じて新たな旅の目的地を見出すことを可能にする。一方で、民宿は家庭的な温かさと地域文化への深い理解を促し、旅行者にその土地の人々とのつながりを感じさせる。このように、ゲストハウスと民宿は、それぞれが提供する体験や目的において明確な違いがある。
ゲストハウス | 民宿 | |
---|---|---|
交流 | ・設備的・人的に宿泊者同士の交流の機会が多くなる | ・宿泊者同士を積極的に繋ぎ合わせる工夫はゲストハウスに比べるとない |
アメニティ | ・アメニティはないところもある | ・食事、アメニティなどが用意され、アットホームなもてなしを受けることに価値を置く |
施設構造 | ・キッチン、トイレ、シャワーといった水回り設備が共用 ・相部屋も存在する | ・お風呂や食事スペースは共用だが、お部屋は予約組ごとにプライバシーが守られている |
民宿の未来〜今後の民宿はどうなっていくか
歴史を振り返り、他の宿泊スタイルとの違いから民宿の特質を探ってきた。これからの時代は民宿という場はどのように進化していくのだろうか。かつて地域の家庭的なもてなしを象徴する存在として愛されてきた民宿は、現在もその魅力を残しつつ、新しい時代の課題に直面している。人口減少に伴う担い手不足や、観光需要の多様化、さらにグローバルな観光市場における競争の激化といった現実は、この伝統的な宿泊形態に変化を迫っている。
しかし、こうした課題は民宿にとって試練であると同時に、新しい価値を模索する機会でもある。家庭的な雰囲気やコストパフォーマンスの良さという民宿の特性は、従来の観光客だけでなく、今後は外国の民宿というコンセプトに触れたことのない旅人達に受け入れられる可能性もある。また担い手不足や需要の変化に対応するため、宿泊以外の空間の活用方法を探ることも考えられるかも知れない。廃れた民宿の建物は地域の生活に寄り添った施設や新たなコミュニティスペースとして再利用されることで、新たな役割を担うかもしれない。
これからの民宿は、過去に培われた「家庭的で温かなもてなし」という価値を軸にしつつ、時代に合わせた柔軟な進化を遂げる必要がある。民宿の未来は、単なる宿泊施設ではなく、地域に新たな活力をもたらす可能性を秘めた、多様な機能を持つ空間としての再定義にかかっている。
参照:
石井英也(1985). 「日本における民宿地域の形成とその地理学的意味」. 『人文地理学研究』第10号
市川貞夫(1981). 「日本におけるペンション経営―菅平峰の原高原の例―」. 『新地理』第29巻第1号
観光庁 - 八方尾根HP八方の歴史 日本民宿発祥の地 細野
木島(1986)民宿の経営構造に関する研究-食の面からの一考察- 日本大学農獣医学部食品経済学科『食品経済研究 第14号』 67〜74
境新一 (2018). 「日本における民泊の運営ならびに制度に関する課題と展望 - 都市型と田舎体験型の事例比較を中心に - 」. 『成城・経済研究』第222号
鍋倉咲希(2021).「舞台としてのゲストハウス―日本人観光者の交流に関するパフォーマンス論的研究」.『観光学評論』,第9巻第2号
林幸史・藤原武弘(2015).「旅行者が交差する場としてのゲストハウス──交流型ツーリズムの社会心理学的研究」.『社会学部紀要』第120号
船引彩子(2023). 「福島県裏磐梯地域におけるペンション経営について―経営者へのインタビューから―」. 『地域研究ジャーナル』第15号