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雪と氷の物語──宇宙から人間の創造へ
The Story of Snow and Ice: From the Cosmos to Human Creation
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氷からはじまる世界― 雪氷を通じて語る宇宙、地球、私たち
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冷たい飲み物に浮かぶ氷、朝の窓に張る霜、冬の山に積もる雪――。雪氷は、だれにとっても身近な存在である。だが、「この氷はいったいどこから来たのか?」と問われたとき、私たちはどこから物語を始めればよいのだろうか。
氷や雪は、地球という惑星の環境から自然に生まれたように見える。しかし、その起源をたどっていくと、物語はやがて――宇宙のはじまりへと行き着く。雪氷という物質が存在するためには、水素や酸素といった材料、それらを結びつける力、安定して存在できる環境、そして反応を導く媒介と構造が必要である。
つまり、雪氷の物語とは――宇宙誕生から現在に至るまで、物質・力・環境・媒介の条件が少しずつ整えられていった長い進化の記録である。そしてこの物語は単なる物理の歴史ではない。雪氷は、惑星の気候を形づくり、生命の進化を支え、人類の文化や想像力にも影響を与えてきた。私たちの手の中にある一片の氷にも、その悠久の時間と宇宙の記憶が静かに刻まれている。
では、その氷がどのような条件のもとに生まれたのか。これから――宇宙・地球・生命・人間をつなぐこの壮大な物語を、ひとつずつ紐解いていくことにしよう。
氷の構造──宇宙の物語を始める前に
宇宙の起源へと遡る前に、まず「氷とはどんな構造をもつ物質なのか」を俯瞰しておきたい。手のひらにのる一片の氷の中には見えない階層構造が折り重なっており、その最深部には原子・電子の世界が広がっている。氷の内部を拡大していくと、次のような階層が現れる。
① 氷の結晶全体(氷Ih相)
地球上の雪や氷の大半を占める氷Ihは、六角形を基盤とした立体格子をもつ。この六角構造こそ、雪の結晶が六角形になる理由でもある。
② 六角形の平面構造
氷Ihの基本単位は、水素結合によって水分子同士が六角形に並んだ“分子の輪”である。この平面リングが積み重なることで、三次元の格子が組み上がる。
③ 水分子 H₂O の配置
六角形の一辺を形成するのは、水分子どうしを結びつける水素結合である。水分子は“酸素1つと水素2つ”がつくる折れ曲がった形をもち、この形が氷の構造全体の対称性を決めている。
④ 原子(H と O)
水を構成する酸素原子と水素原子は、原子核と電子からなる。その電子配置が化学結合の可能性を生み、HとOが結びつく基盤となる。

つまり、氷は「原子 → 分子 → 水素結合 → 六角格子 → 氷の結晶」という階層構造の上に成り立つ物質である。では、この精巧な構造をつくる“材料”はどこで生まれたのか。水素や酸素の原子は、どんな宇宙の条件のもとで生まれ、出会い、結びつき、氷という形に組み上がったのか。ここから先の物語では、この階層構造を支える“素材”が、宇宙誕生からどのように生まれていったのかを、ビッグバンまでさかのぼりながら追っていくことにしよう。
宇宙の誕生と最初の氷:138億年のタイムライン
先ほど、私たちは掌の中の氷を分解し、「原子 → 分子 → 水素結合 → 六角格子 → 氷の結晶」というミクロな階層構造をたどった。ここからは視点をかえ、宇宙そのもののタイムラインから氷が出来上がる歴史を眺めてみたい。

ビッグバンが始まり宇宙が誕生すると、まもなく4つの基本的な力が分かれ、陽子・中性子が安定し、やがて原子核が生まれる。さらに数十万年後には原子が誕生し、ここで初めて氷の素材である水素が姿を現す。
数億年後には最初の星々が形成され、その内部で酸素(O)を含む重い元素が生まれる。こうして星々が生まれ、死に、宇宙へと元素をまき散らす過程のなかで、水素と酸素が出会う舞台分子雲や塵(星の死によって宇宙に広がった微細な粒子と低温のガスが集まる、氷ができるのに必要な場)が整っていった。
私たちが地球で目にする氷(H₂O)は、こうした長い宇宙史の流れの中で必要な素材が少しずつ揃い、条件が整えられた結果として生まれたものだ。それでは、いま見た大まかな時間の流れを踏まえつつ、氷ができるための物質や力がどのような順番で生まれ、どのように組み上がっていったのかを、物語としてたどっていこう。
宇宙が生まれる ― ビッグバンからの流れ
さて、イメージしてみよう。この宇宙ができる“前”――そこに何があったのか、私たちはまだ知らない。 空間も、時間も、物質も、私たちの理解する形では存在していなかっただろう。光も、音も、温度もない。そこには「無」とも、「何か」とも呼べぬ静寂があったのだろうか。科学者も宇宙誕生前何が起きていたのかはわかっていない。¹⁾ なにがともあれその静寂の中で――“何か”が起きた。
私たちをとりまくこの世界、宇宙がどのようにしてできたのか、その起源の説明として現代の宇宙論で最も広く受け入れられているのが、ビッグバン理論である。
想像するのも難しいが、ビッグバン理論によればなにがきっかけかはわからないが私たちの宇宙は小さな点から始まった。その点は想像を絶するほど小さく、高温・高密度で、そこでは、物質も光も区別がつかないほどに溶け合っていた。 特異点(singularity)と呼ばれる一点から、あらゆる物質とエネルギー、そして物理の基本法則そのものが生まれた。 この時代の宇宙は、私たちが知るような物質も光も、まだ分かれていない。すべてが混ざり合い、エネルギーそのものの“海”のような状態にあった。 ¹⁾ ²⁾ 雪氷も例外ではない。氷を形づくるために必要な材料ーー元素、力、環境ーーその“最初の種”がまかれたのは、まさにこの出来事だった。私たちの世界――地球も、氷も、雪も、そして私たち人間も――はるか昔、ひとつの点から始まった。
さてこの点の誕生後、空間そのものが、あらゆる方向へ一斉に広がり始めた。その広がり方は、風船の表面が内側から膨らむように、すべての方向へと伸びていった。 やがて膨張が進むにつれて、空間の体積がどんどん大きくなり、エネルギーが広い空間に拡散していった。同じ量のエネルギーがより大きな空間に広がることで、密度が下がり、温度が下がっていく。こうして宇宙が冷えはじめた。
そして、宇宙が少しずつ冷えていくとともに、それまでひとつにまとまっていたものが、次第に分かれ始めた。エネルギーの海の中から、わずかな違いが生まれ、やがてそれが“力”や“物質”の違いへと発展していく。 ¹⁾ ²⁾
電磁力の誕生ー氷の結晶構造の結合を生み出す力
ここで一度“氷の構造”を思い出しておきたい。氷は六角形の格子構造を基本としており、その最小単位は水分子(H₂O)同士がつくる六角のリングである。水分子はOとHは共有結合で結びつき、酸素原子(O)を中心に104.50の角度を保ちながらくっついている。H₂O同士の間には水素結合が働き、H₂O同士も2.8Åの距離を保ちつながる。この2種類の結合が規則正しくつながることで、氷特有の六角格子が組み上がる。つまり、氷のかたち = 結合が生み出す秩序と言ってよい。

初期の宇宙では、物質も力も区別のない“エネルギーの海”だった。しかし、宇宙が膨張して冷えていくにつれ、まずエネルギーから物質と力が分かれ始めた。この4つのエネルギーは今の私たちの世界を形作るのはもちろん、雪氷の存在にも必要な力である。今科学者等は、 冷却が進むともともとひとつだった力が次第に性質を変え、今私たちが知る4つの基本的な力へと枝分かれしていったのではないかと考えている。³⁾⁴⁾
- 重力
- 強い力
- 弱い力
- 電磁力
*強い力は原子の中央にある原子核をまとめる“結びの力”、弱い力は粒子の姿を変える“変化の力”ともいえる。

原子の材料が生まれる ― 物質誕生の第一歩
“4つの力”が姿を現したあとの宇宙では、まだ星はおろか、物質の基礎となる「原子」も「分子」も存在していなかった。そこにあったのは、光とエネルギーの粒子が満ちる、まだ“形のない世界”である。無数の粒子が現れては消え、光が粒子や反粒子を生み出す――そんな絶え間ない生成と消滅の現象が、宇宙を支配していた。³⁾
さて、いったん氷の構造に話を戻して見てみると、氷の結晶構造を形作っているのはH₂Oだ。H₂OはH(水素)とO(酸素)の原子で構成されている。原子は原子核と電子から成り立っており、さらにその原子核の内部をのぞくと、陽子(+)と中性子(0)という2種類の粒子によって構成されている。

宇宙誕生からおよそ1秒〜100秒後、温度が約100億度から10億度へと下がっていくころ――この時期になると、強い力と電磁力の働きによって陽子と中性子が安定して存在できるようになった。そして彼らが互いに衝突し、結びつくことで、ついに最初の原子核が形成されていく。¹⁾³⁾
こうして生まれた原子核は、のちにさらに温度が下がった宇宙で電子と結びつき、はじめて「原子」となり、宇宙に**“物質の秩序”**をもたらしていくことになる。
最初の原子が生まれる
原子核が生まれたあと、いよいよこの後物質を形作る原子が登場する。と言っても最初の原子ができるまで約38万年を待たなければならない。そのあいだにも宇宙は静かに冷え続け、温度が下がるにつれ激しく飛び交っていた電子や陽子の動きは徐々にゆるやかになり、ようやく互いにつかまえ合えるほど落ち着いてくるようになる。²⁾
やがて、宇宙の温度がおよそ約3000℃にまで下がると、電子が陽子に捕まり、原子が形成される現象がおき始める。²⁾³⁾ 負の電荷をもつ電子は、正の電荷をもつ陽子に引き寄せられ、そのまま衝突することなく、陽子のまわりをくるくると回る軌道に定着した。ちょうど、月が地球のまわりを回るように、電子は陽子のまわりを安定して回り続けるようになったのである。こうして、宇宙で最初の原子――水素(H)とヘリウム(He)が誕生した。雪や氷を形づくるうえで欠かせない要素――水素――は、この段階でようやく宇宙に姿を現したのである。

しかし、この時代にはまだ酸素(O)は存在していなかった。水をつくるもう一方の要素、酸素が生まれるのはさらに後、最初の星々が誕生し、その内部で核融合反応が始まる約2〜8億年後の世界まで待たねばならなかった。²⁾⁶⁾ やがて、星々の内部で起こる核融合が新たな元素を生み出し、星の死によってそれらの元素が宇宙にまき散らされていく。その星々の生と死の循環のなかで、ついに氷が誕生していくこととなる。
| 出来事 | 推定時期(ビッグバンから) | 温度 | 説明 | 参照 |
| 重力が誕生 | 約10⁻⁴⁴秒後 | 4つの力の中で最初に分かれた? | 3) | |
| 電磁力が誕生(水素結合の起源) | 約10⁻¹²秒後 | 1000兆℃ | 電磁力が誕生。氷ができるのに必要な「水素結合」もこの力の一部 | 3) |
| 原子核が誕生 | 約1秒〜100秒後 | 100億℃→10億℃ | 既に存在していた陽子・中性子から原子核ができる | 3) |
| 水素(H)が誕生 | 約38万年後 | 3000℃ | 電子が原子核に結合して水素が形成。 | 2)3) |
| 酸素(O)が誕生 | 約2〜8億年後 | 星の中心で水素やヘリウムが融合して酸素などの重元素を生成。星の爆発で宇宙に拡散。 | 2)6) | |
| 星が爆発し、氷形成の場となる塵が広がる | 約7〜9億年後(赤方偏移 z ≈ 6〜8)には既に塵が観測されている | 超新星の爆発によって塵が放出される | 7) | |
| HとOが塵の上で結びつく(氷の形成) | 約7〜10億年後 | −260℃前後 | 冷却された分子雲内(宇宙に存在する分子[特に水素分子]が集まった低温のガスとチリの塊)で、塵の表面にH₂O分子が吸着・水素結合し、氷が形成される。 | 8) |
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参照:
1) NASA. (2024, October 22). Universe Overview. NASA Science. https://science.nasa.gov/universe/overview/
2) デイヴィッド・クリスチャン(2019)『オリジン・ストーリー――138億年全史』筑摩書房.ISBN 4-480-85818-0
3) 多田 将(2013)『すごい宇宙講義』イースト・プレス.ISBN 978-4-7816-0991-1
4) Quinn, Breese & Sakumoto, Willis. (2018, July 2). Breaking the Symmetry Between Fundamental Forces. Fermi National Accelerator Laboratory (Fermilab). Retrieved from https://news.fnal.gov/2018/07/breaking-the-symmetry-between-fundamental-forces/
5) Brini, Emiliano; Fennell, Christopher J.; Fernandez-Serra, Marivi; Hribar-Lee, Barbara; Lukšič, Miha; Dill, Ken A. (2017). How Water’s Properties Are Encoded in Its Molecular Structure and Energies. Chemical Reviews, 117(19), 12385–12414.
American Chemical Society. https://doi.org/10.1021/acs.chemrev.7b00259
6) 国立天文台(NAOJ)(2023年11月10日)「初期の宇宙で急激に酸素が増加した痕跡を捉える」https://www.nao.ac.jp/news/science/2023/20231110-dos.html
7) McQuinn, M. (2018). The Cosmic History of the Intergalactic Medium: Insights from QSO Absorption Lines.
Space Science Reviews, 214(92). Springer Nature. DOI: 10.1007/s11214-018-0492-7
8) Cowan, J. J., Thielemann, F.-K., & Sneden, C. (2014).The Origin of the Elements Heavier than Iron: The Rapid Neutron Capture Process (r-Process).arXiv preprint arXiv:1406.6762v1.DOI: 10.1146/annurev-astro-081913-035620
