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雪と氷の物語──宇宙から人間の創造へ
The Story of Snow and Ice: From the Cosmos to Human Creation
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氷からはじまる世界― 雪氷を通じて語る宇宙、地球、私たち
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冷たい飲み物に浮かぶ氷、朝の窓に張る霜、冬の山に積もる雪――。雪氷は、だれにとっても身近な存在である。だが、「この氷はいったいどこから来たのか?」と問われたとき、私たちはどこから物語を始めればよいのだろうか。
氷や雪は、地球という惑星の環境から自然に生まれたように見える。しかし、その起源をたどっていくと、物語はやがて――宇宙のはじまりへと行き着く。雪氷という物質が存在するためには、水素や酸素といった材料、それらを結びつける力、安定して存在できる環境、そして反応を導く媒介と構造が必要である。
つまり、雪氷の物語とは――宇宙誕生から現在に至るまで、物質・力・環境・媒介の条件が少しずつ整えられていった長い進化の記録である。そしてこの物語は単なる物理の歴史ではない。雪氷は、惑星の気候を形づくり、生命の進化を支え、人類の文化や想像力にも影響を与えてきた。私たちの手の中にある一片の氷にも、その悠久の時間と宇宙の記憶が静かに刻まれている。
では、その氷がどのような条件のもとに生まれたのか。これから――宇宙・地球・生命・人間をつなぐこの壮大な物語を、ひとつずつ紐解いていくことにしよう。
氷の出現に必要な4つの要素
氷という物質が宇宙に現れるためには、少なくとも4つの要素が揃う必要がある。これらは現在の科学によって確認されている「氷の誕生に関わる主要な構成要素」であり、これで完全にすべてが解明されたわけではない。今後の観測や理論によって、まだ未知の要素が見つかる可能性もある。それでも、これまでの研究から明らかになっている“氷の誕生条件”を整理すると、次の4つにまとめられる。
- 4つの力の出現(重力、電磁力、強い力、弱い力)
- 原料となる元素の存在(水素(H)と酸素(O))
- 結晶構造を保てる範囲にある温度と圧力
- 媒介としての星間塵(星と星の間の宇宙空間に存在する微細な固体粒子。水素と酸素が出会うための足場の役割を果たす)
宇宙が生まれる ― ビッグバンからの流れ
さて、イメージしてみよう。この宇宙ができる“前”――そこに何があったのか、私たちはまだ知らない。 空間も、時間も、物質も、私たちの理解する形では存在していなかっただろう。光も、音も、温度もない。そこには「無」とも、「何か」とも呼べぬ静寂があったのだろうか。科学者も宇宙誕生前何が起きていたのかはわかっていない。¹⁾ なにがともあれその静寂の中で――“何か”が起きた。
私たちをとりまくこの世界、宇宙がどのようにしてできたのか、その起源の説明として現代の宇宙論で最も広く受け入れられているのが、ビッグバン理論である。
想像するのも難しいが、ビッグバン理論によればなにがきっかけかはわからないが私たちの宇宙は小さな点から始まった。その点は想像を絶するほど小さく、高温・高密度で、そこでは、物質も光も区別がつかないほどに溶け合っていた。 特異点(singularity)と呼ばれる一点から、あらゆる物質とエネルギー、そして物理の基本法則そのものが生まれた。 この時代の宇宙は、私たちが知るような物質も光も、まだ分かれていない。すべてが混ざり合い、エネルギーそのものの“海”のような状態にあった。 ¹⁾ ²⁾

雪氷も例外ではない。氷を形づくるために必要な材料ーー元素、力、環境ーーその“最初の種”がまかれたのは、まさにこの出来事だった。私たちの世界――地球も、氷も、雪も、そして私たち人間も――
はるか昔、ひとつの点から始まった。
さてこの点の誕生後、空間そのものが、あらゆる方向へ一斉に広がり始めた。その広がり方は、風船の表面が内側から膨らむように、すべての方向へと伸びていった。 やがて膨張が進むにつれて、空間の体積がどんどん大きくなり、エネルギーが広い空間に拡散していった。同じ量のエネルギーがより大きな空間に広がることで、密度が下がり、温度が下がっていく。こうして宇宙が冷えはじめた。
そして、宇宙が少しずつ冷えていくとともに、それまでひとつにまとまっていたものが、次第に分かれ始めた。エネルギーの海の中から、わずかな違いが生まれ、やがてそれが“力”や“物質”の違いへと発展していく。 ¹⁾ ²⁾
4つの力の誕生
初期の宇宙では、物質も力も区別のない“エネルギーの海”だった。しかし、宇宙が膨張して冷えていくにつれ、まずエネルギーから物質と力が分かれ始めた。この4つのエネルギーは今の私たちの世界を形作るのはもちろん、雪氷の存在にも必要な力である。今科学者等は、 冷却が進むともともとひとつだった力が次第に性質を変え、今私たちが知る4つの基本的な力へと枝分かれしていったのではないかと考えている。³⁾⁴⁾
- 重力
- 強い力
- 弱い力
- 電磁力
*強い力は原子の中央にある原子核をまとめる“結びの力”、弱い力は粒子の姿を変える“変化の力”ともいえる。

そしてこの段階で、氷の物語にとって欠かせない要素――「水素を結びつける電磁力」――が誕生した。 のちにこの電磁気力は、水分子の中で酸素(−)と水素(+)の電気的な偏りを生み、HとOをつなげる「共有結合」やH2Oの分子同士を引き寄せる「水素結合」という結びつきをつくる力のベースとなる。

またこの段階で生まれた電磁力は、“氷と雪の設計図”の読み解くのにも非常に大切なキーになっている。水素結合が、分子を最も安定する形――六角形の格子構造へと整えているのだが、その結合が氷を六角形の分子構造として整え、やがて地球の空で降り積もる雪の六角形という“形の秩序”へとつながっていく。⁵⁾
つまり、雪のかたちは偶然ではなく、宇宙の最初期に生まれた電磁力という秩序の記憶が、私たちの目に見えるかたちで現れたものなのである。

原子の材料が生まれる ― 物質誕生の第一歩
“4つの力”が姿を現したあとの宇宙では、まだ星はおろか、物質の基礎となる「原子」も「分子」も存在していなかった。そこにあったのは、光とエネルギーの粒子が満ちる、まだ“形のない世界”である。無数の粒子が現れては消え、光が粒子や反粒子を生み出す――そんな絶え間ない生成と消滅の現象が、宇宙を支配していた。³⁾
さて、雪や氷をかたちづくる水(H₂O)を構成する水素(H)と酸素(O)の原子を見てみると、それぞれは原子核と電子から成り立っている。さらにその原子核の内部をのぞくと、**陽子(+)と中性子(0)**という2種類の粒子によって構成されている。次に舞台となるのは、この「原子核」が生まれる瞬間である。

宇宙誕生からおよそ1秒〜100秒後、温度が約100億度から10億度へと下がっていくころ――この時期になると、強い力と電磁力の働きによって陽子と中性子が安定して存在できるようになった。そして彼らが互いに衝突し、結びつくことで、ついに最初の原子核が形成されていく。¹⁾³⁾
こうして生まれた原子核は、のちにさらに温度が下がった宇宙で電子と結びつき、はじめて「原子」となり、宇宙に**“物質の秩序”**をもたらしていくことになる。
最初の原子が生まれる
原子核が生まれたあと、いよいよこの後物質を形作る原子が登場する。と言っても最初の原子ができるまで約38万年を待たなければならない。そのあいだにも宇宙は静かに冷え続け、温度が下がるにつれ激しく飛び交っていた電子や陽子の動きは徐々にゆるやかになり、ようやく互いにつかまえ合えるほど落ち着いてくるようになる。²⁾
やがて、宇宙の温度がおよそ約3000℃にまで下がると、電子が陽子に捕まり、原子が形成される現象がおき始める。²⁾³⁾ 負の電荷をもつ電子は、正の電荷をもつ陽子に引き寄せられ、そのまま衝突することなく、陽子のまわりをくるくると回る軌道に定着した。ちょうど、月が地球のまわりを回るように、電子は陽子のまわりを安定して回り続けるようになったのである。こうして、宇宙で最初の原子――水素(H)とヘリウム(He)が誕生した。雪や氷を形づくるうえで欠かせない要素――水素――は、この段階でようやく宇宙に姿を現したのである。

しかし、この時代にはまだ酸素(O)は存在していなかった。水をつくるもう一方の要素、酸素が生まれるのはさらに後、最初の星々が誕生し、その内部で核融合反応が始まる約2〜8億年後の世界まで待たねばならなかった。²⁾⁶⁾
やがて、星々の内部で起こる核融合が新たな元素を生み出し、星の死によってそれらの元素が宇宙にまき散らされていく。その星々の生と死の循環のなかで、ついに氷の物語――星の塵から生まれる結晶の物語――が始まっていくのだ。
| 出来事 | 推定時期(ビッグバンから) | 温度 | 説明 | 参照 |
| 重力が誕生 | 約10⁻⁴⁴秒後 | 4つの力の中で最初に分かれた? | 3) | |
| 電磁力が誕生(水素結合の起源) | 約10⁻¹²秒後 | 1000兆℃ | 電磁力が誕生。氷ができるのに必要な「水素結合」もこの力の一部 | 3) |
| 原子核が誕生 | 約1秒〜100秒後 | 100億℃→10億℃ | 既に存在していた陽子・中性子から原子核ができる | 3) |
| 水素(H)が誕生 | 約38万年後 | 3000℃ | 電子が原子核に結合して水素が形成。 | 2)3) |
| 酸素(O)が誕生 | 約2〜8億年後 | 星の中心で水素やヘリウムが融合して酸素などの重元素を生成。星の爆発で宇宙に拡散。 | 2)6) | |
| 星が爆発し、氷形成の場となる塵が広がる | 約7〜9億年後(赤方偏移 z ≈ 6〜8)には既に塵が観測されている | 超新星の爆発によって塵が放出される | 7) | |
| HとOが塵の上で結びつく(氷の形成) | 約7〜10億年後 | −260℃前後 | 冷却された分子雲内(宇宙に存在する分子[特に水素分子]が集まった低温のガスとチリの塊)で、塵の表面にH₂O分子が吸着・水素結合し、氷が形成される。 | 8) |
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参照:
1) NASA. (2024, October 22). Universe Overview. NASA Science. https://science.nasa.gov/universe/overview/
2) デイヴィッド・クリスチャン(2019)『オリジン・ストーリー――138億年全史』筑摩書房.ISBN 4-480-85818-0
3) 多田 将(2013)『すごい宇宙講義』イースト・プレス.ISBN 978-4-7816-0991-1
4) Quinn, Breese & Sakumoto, Willis. (2018, July 2). Breaking the Symmetry Between Fundamental Forces. Fermi National Accelerator Laboratory (Fermilab). Retrieved from https://news.fnal.gov/2018/07/breaking-the-symmetry-between-fundamental-forces/
5) Brini, Emiliano; Fennell, Christopher J.; Fernandez-Serra, Marivi; Hribar-Lee, Barbara; Lukšič, Miha; Dill, Ken A. (2017). How Water’s Properties Are Encoded in Its Molecular Structure and Energies. Chemical Reviews, 117(19), 12385–12414.
American Chemical Society. https://doi.org/10.1021/acs.chemrev.7b00259
6) 国立天文台(NAOJ)(2023年11月10日)「初期の宇宙で急激に酸素が増加した痕跡を捉える」https://www.nao.ac.jp/news/science/2023/20231110-dos.html
7) McQuinn, M. (2018). The Cosmic History of the Intergalactic Medium: Insights from QSO Absorption Lines.
Space Science Reviews, 214(92). Springer Nature. DOI: 10.1007/s11214-018-0492-7
8) Cowan, J. J., Thielemann, F.-K., & Sneden, C. (2014).The Origin of the Elements Heavier than Iron: The Rapid Neutron Capture Process (r-Process).arXiv preprint arXiv:1406.6762v1.DOI: 10.1146/annurev-astro-081913-035620
