人文学とは 普遍の科学、意味の人文学

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人文学とは何か?人文学を学ぶとは一体どういうことなのか?


人文学の定義

人文学の定義をいくつか拾ってみる。


人文科学(じんぶんかがく、英語: humanities)あるいは人文学(じんぶんがく、中国語:人文学科)とは、人間・人為の所産を研究の対象とする科学、学問であり、またそれを可能にする人間本性を研究する学問である。

人文科学ーWikipedia

人文学とは何か、ひとことで言えば「人間学」です。英語ではズバリ"the humanities"、つまり「人間性についての学問」となります。文学、言語学、哲学、宗教学、歴史学、美学などさまざまな分野に分かれていますが、その根本には「人間とは何か」、「人間性とはどういうものか」という共通の問いかけがあります。

人文学とはー恵泉女学園大学


また、人文学及び社会科学の学問的特性として、文部科学省には以下の3点を挙げている。(1)


  • 人文学の研究対象は人間によって作られたものであり、自然に存在しているものではない
  • 人文学においては、哲学や思想といった「価値」それ自体が研究対象となり、社会科学でも社会を構成する人々や集団の意図や思想といった「価値」に関わる問題が対象となる
  • 社会科学が研究対象としている社会現象は、構成主体である人間の意思や意図によって、現象自体が変化する


定義をいくつか拾ってみると、人文学とは人間が作り出したものや価値観、人間とは何かを研究対象にする学問だということが理解できる。


学問の分類

では学問全体で見た時に人文学はどのような位置付けにあるのだろうか?ここでは二つに大きく分類する方法と三つに大きく分類する方法がある。


アートとサイエンス

学問を二つに分類すると、自然(nature)を対象とするのがサイエンス(科学)になり、サイエンスの目的は、神がつくった世界(=自然界)を貫く法則を見つけ出すこととされる。人間が生み出すもの (arts) 、またそれを可能にする人間本性(human nature)を研究する学問をアート(人文学)と分類できる。

アートの科目でいうと、文学、歴史、哲学、美術、建築、音楽などが含まれており、これらの学科は、一般的に「humanities」(ヒューマニティーズ)と言われている。(2)


人文科学、自然科学、社会科学

学問を三つに分類するときは、人文科学、自然科学、社会科学というように三つに大きく区分することもできる。wikipediaによると人文科学(人文学)は自然科学・社会科学と語調を合わせるために作られた言葉であるとしている。(34)


普遍の科学、意味の人文学

東京とロンドン、N.Y. を拠点に、幅広く「つくること」に取り組むデザイン・イノベーション・ファーム Takramの渡邉康太郎さんが、毎月様々なテーマで行っているトークセッション「TAKRAM RADIO」の中で、静岡大学学術院工学領域事業開発マネジメント系列准教授でフィールドサイエンティストの本條晴一郎さんを迎えて「普遍の科学と意味の人文学〜新たな意味を探す旅」をテーマにトークセッションが行われた。この中で人文学に対する面白い洞察が話されている。

https://spinear.com/shows/takram-radio/episodes/vol82-2021-06-11/


このトークセッションの中では、普遍を扱う科学と意味を扱う人文学の特徴の比較や、そもそも何を持って「普遍」とするのかという部分を話しつつ、実世界での「普遍と意味」を考えることでも触れている。

実社会で「普遍と意味」の振り幅を考える一例として、企業のミッション、ビジョン、バリューをどう作るかという点も興味深い。企業のミッション、ビジョン、バリューを作る際にどのくらいの抽象度・耐用年数があった方が良いのかを考えた時に、この変化が早い社会で10年も耐えられるものを作れるのか、そもそも時代に応じて更新して行った時に果たしてそれはミッション・ビジョンと言い切れるのか?(語義矛盾では?)変わり続けた時に、複数人の合意で変わり続けるのは難しいがそれをどう行うか?こうした話題が取り上げられていた。

また、コンテクストを剥がして普遍を見つけていくのとは別に、違うコンテクストを作っていくことで社会の前進力になっているのでは?という内容もあった。物事に対してより違う解釈をすることで社会の前進力になっているのだと。唯一の解を探すにはコンテクストを剥がしていき、複数の解や、解釈の新しさが世界の前進力になる場合の状況では、違うコンテクストを作っていく方が良いのではというような内容もあった。

こうしたトークセッションのように、普遍と意味を考えていくことは実世界において新たな目線で考える良いきっかけになっていく。


人文学と日々の生活

普遍と意味を考えることは、自分個人の日々の生活においても応用できるものなのだと思う。

この世界ではみんな価値観を持っており、それに応じて日々の行動を決めている。誰しもが目標を持って動く、会社や地域、コミュニティなど組織の価値観の中で動いている。本やテレビ、ニュースなど様々なメディアからの情報の中でも、人々の欲望に沿って何かの行動に動かすよう促し、新たな価値観形成しようとする情報が沢山ある。

  • 〇〇を成功させたいなら□□しなさい
  • 〇〇すると効率がよい
  • 〇〇がおしゃれ
  • ダイエット・美容には〇〇
  • 人間関係を良くするために〇〇
  • 〇〇のために□□しなさい

こうして自分にとって心地よい価値観を見つけ、育みながら人は生きていく。価値観を持つことはポジティブな効果を持つ一方、その価値観が自分の身の回りのコミュニティに受けいれられなかったり、社会に合わなかった時、その人にとって辛い時間が訪れる時があるかもしれない。

でも人文学はそうした価値観、意味を客観的に考えさせてくれる良きツールになる。「〇〇しなさい」とか「〇〇になりたいなら□□すべきだ」というような、それが物理法則と変わらないこの世界のルールなのだと信じているようなら、それを客観的に見て、その価値観に盲信するのではなくてその価値を自分の中で正しく再考できる
ようになるのかもしれない。

上記のトークセッションでも、ある企業の栄養ドリンクのキャッチコピーの変化が「24時間働けますか」から「3、4時間がんばれますか」というように変化している事例を出していたり、パラダイム変化が多く起こっている。

客観的にみれるからこそ、自分の中で「今の自分が信じている価値観は間違っていたから変えよう」とか、逆に「この価値観は今は世の中ではマイノリティとされているけど、絶対に必要だから曲げないで貫いていこう」とか意味付けしていけるのかもしれない。

つまりこの普遍と意味の中で気づかせてくれるのは、世の中にある価値観は物理現象のように普遍で絶対的に正しい価値観というものはなく、全て人間によって作り出され、意味付けされたものなのだということなのだと思う。


参照:
(1) 人文学及び社会科学の学問的特性
(2) 日本人の的外れな「リベラルアーツ論」
(3) 人文科学


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