集落との共創アート:大地の芸術祭「パレス黒倉」が松之山黒倉で公開されるまで

「越後妻有 大地の芸術祭 2022」の新作として登場した作品「パレス黒倉」は集落との共創によって2022年7月30日から無事に公開された。公開までのアート制作の舞台裏を紹介する。

2021年10月から私は新潟県十日町市松之山の黒倉集落地域おこし協力隊として入らせていただいているが、2022年の7月から、越後妻有を舞台に開かれる「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」で、所属地域に作品が公開されることとなった。作品公開にあたって、実際に作品制作の手伝いや各種業務の調整・資料作成など、公開に至るまでの過程で数多くのことに関わらせていただいた。これまで関わらせていただいたアート制作のお話。


大地の芸術祭・パレス黒倉概要


大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」は新潟県の越後妻有地域で開催される国際芸術展で、「人間は自然に内包される」を基本理念とし、アートを通じて里山の自然や文化を掘り起こし、地域・世代・ジャンルを越えた人々の協働・取り組みを通して様々な化学反応を起こしていく地域創生の取り組みでもある。大地の芸術祭については下記に詳しく書いた。


越後妻有の国際現代美術の祭典「大地の芸術祭」は豪雪地帯に生きる人間と自然の関わり方に新たな意味を創り出す

新潟県十日町市には里山を舞台に開催されるアートフェスティバル、「大地の芸術祭」がある。現代アートによって表現される、豪雪地に生きる人々の重ねてきた時間や、人間と自然との関わりについて探る。 大地の芸術祭のコンセプト 大地 ...

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公式サイトには下記のようにパレス黒倉が紹介されている。


ツギハギのような様相を持つ空家の内部には、圧雪にも耐える強い柱と梁を備えた静かな空間が存在する。雪囲いで覆われた薄暗い空間に、外から一筋漏れさす光が神々しい。この象徴的な光を軸に、家からインスピレーションを受けて制作した作品を展示する。1階には冬の妻有のように静かなインスタレーションを、2階には忘れられた時間の重なりを感じるような作品を配置。窓越しに緑と光を感じられる、展望室のような空間も制作予定。

パレス黒倉


藤堂さんの作品の制作の様子は下記動画から見ることができる。「場所の固有性」をテーマにその土地にある様々なものに積層ガラスを挟み込む作品を制作している。今回のパレス黒倉も、黒倉に元からあった素材を使って様々な作品を制作されていた。


2021/8/22 - 最初の作品制作への関わり

私が十日町市の地域おこし協力隊として正式に就任したのが2021年の10月。就任前の8月にどの地域に入るかお試しができる期間があったので、お試し協力隊として黒倉に入ることになった。そこで初めてこのパレス黒倉の制作に関わるようになっていく。2021年8月にはすでに作品誘致が決まっていたらしく、黒倉でのお試し期間での仕事の一つがパレス黒倉の整備作業となった。


初めて参加したパレス黒倉周りの草刈り


家の中を見てみると、洗濯物が干してある状態で、家具も置きっぱなしになっており、生活感漂う空間だった。藤堂さんもこの風景を最初に見た時に昭和の感じを受けて、空間を作り上げていったと話している。


生活感ただよう玄関口


2021/12/1 - 藤堂さん視察。清掃作業へ

私が作家の藤堂さんと初めてお会いしたのは2021年の12月。藤堂さんが初めてART FRONT GALLERYの方と、同じく制作を共にするチームの方と一緒にに作品会場の視察へ。共に家の中を見て回り、清掃作業が始まった。



中を一通り見終わった後は清掃作業へ。中にあった使わないものを全て一箇所に集め、畳も一旦はいで場所をきれいにし、大清掃が始まる。作業中に押し入れを開けるとコウモリに出くわす場面もあった。



この頃には雪がうっすら積もりはじめていた。松之山の冬は4mもの雪が積もる。家の中に入るのも難しくなるので、藤堂さんチームは次の年の5月ごろにまた制作を開始するということでスケジュールを立てていた。美術館での展示とは違い、空間もイメージして作品を作ることになるが、この豪雪地帯の中にある家に行ったり来たりするというのはとてもできることではない。この時藤堂さんは頭の中でどのように作品をイメージしていたのだろうか。


うっすら積もり始めた雪


2022/1/8 - 1回目の雪かき

いよいよ本格的に雪が降りはじめた。ここからは黒倉住民と雪との戦いとなる。初めて雪かきを行ったのは1月8日。この年は12/26では66cmに増えた積雪量が、ピークの1/1には173cmまで増えていった。屋根に上がっていくときも、最初に雪を削っていかないと、登っていくことができない。



2022/1/23 - 2回目の雪かき

1/13 - 1/31になると積雪量も200cmに突入する。ハシゴで登る高さもどんどん減っていく。



2022/2/1 – おもてなし事業に向けた最初の集会

「おもてなし」事業の準備を行うためのの最初の集会が開かれた。大地の芸術祭では各作品ごとに、地域の人が野菜を振る舞ったり食事を振る舞ったりする振る舞いが行われているらしい。この会では多くの黒倉住民が集まり、他の地域の事例を学びながらアイデアを共有しつつ、おもてなしの準備に何が必要かなど、ざっくばらんに話し合った。


2022/2/5 – 大地の芸術祭概要の説明会

2月5日には松之山支所とART FRONT GALLERYの方々が黒倉集落に来られ、大地の芸術祭の概要、作品内容、今年のスケジュールなどの説明をしていただいた。作品の完成予定図や、トリエンナーレ期間中のコロナ感染拡大に伴う対応についてなど、開催にあたっての様々な説明を行った。



2022/2/13ー3回目の雪かき

2月13日に3回目の雪かき。2月の前半は降雪量がグッと増え、積雪量も3m台に突入する。積もった雪が屋根に届きそうになるぐらいまで積っていた。雪掘りが終わるともうほぼ屋根に雪が到達してしまい、雪を下ろすところも最終的にはほぼなくなってしまった。



結局21−22シーズンは4m以上積った。詳しい積雪量の様子は下記より見ることができる。


世界有数の豪雪地帯、新潟県十日町市松之山の積雪量・降雪量を写真で振り返る

新潟は全てのエリアが豪雪地帯に指定されている(令和3年時点)が、その中でも十日町の積雪は日本一を争う、いや、世界有数の豪雪地帯ともいえるかもしれない...4mの積雪を超えた新潟県十日町市松之山の2021 - 2022シーズンの積雪量を写真で振り返る。

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2022/2/15 – 若手チーム集会

黒倉では現在「城門ノ和 黒倉」というチームを組んで地域活動に取り組んでいる。この若手組で、「おもてなし」の内容について具体的に詰めていくための話し合いの場を設けた。前回のアイデア出しから実現可能なアイデアへの落とし込み、スケジュールまでを調整していく。この会議で、特産品販売、歴史展示、野菜もぎ取りエリアの三つのエリアを作ろうということで話が進んでいく。


2022/6/5 草刈り・ごみ清掃

冬の時期が無事に過ぎると冬囲いを外し、また草刈りなどの環境整備が始まる。今回は周辺で不法投棄されてしまっているゴミ清掃も含め、黒倉住民で集まって整備作業を行った。産廃業者に頼んで捨ててもらう段取りも進める形に。



2022/6/11 藤堂さん制作開始

6月に藤堂さんがチームを連れて黒倉へ。冬の間は黒倉から持ち帰った素材を使って作品制作を進め、雪解けた6月に作品設置ということで黒倉へ。ここで地域と藤堂さんチームで懇親会が行われる。


藤堂さんチームと黒倉住民の交流会


この期間の藤堂チームの制作風景は、藤堂さんのインスタグラムのストーリーズであげてくれている。藤堂さんからスクリーンショット・公開の許可を得たので、下記に制作過程の一部をあげていく。



作品の目の前には湿地(元田んぼ)があり、菖蒲が咲いていた。ここを渡れるようにしたいという作家さんからの要望のもと、黒倉地域からの協力者と共に、橋づくりへ。突貫工事だったにもかかわらず素晴らしい橋が完成。



作品制作で藤堂さんチームの頭を悩ませていたのは作品にいくまでのの道だ。泥でスリップしてしまい、何度もスリップしてしまうことがあったらしい。作品までの道が悪いと、資材を運んでくるところから余計に時間がかかってしまう。こうした事態が何度もあったため、松之山支所と連絡をとって道を何とか舗装できないか相談することに。


スタックしてしまった藤堂さんチームの車


2022/6/14 - 黒倉分校前花壇・畑整備

黒倉集会所前と黒倉分校前に駐車場を設けるプランになったため、その周りで花壇を制作へ。黒倉住民で、花の移植の作業が始まる。



花壇の整備後は、おもてなしにあった野菜もぎ取りエリアの制作のため、パレス黒倉の裏庭の畑の整備も行った。7月30日から11月までとかなり長い期間になるので、その期間様々な野菜が取れるようにと、準備を行う。



藤堂さんから、2階の窓から黒倉の家が見下ろせるようにしたいということで、窓からの景色を良くするために、枝打ちの作業も行われる。



2022/6/16 - 砂利の下見

駐車場からパレス黒倉までの道も様々な意見が出た。道が土なので、雨が降ってしまうと道がどろどろになってしまう。来場者は靴でくるので泥道は避けたいということから、パレス黒倉までの道の点検へ。松之山支所の方々と下見を行った。藤堂さんチームも制作物を車でもってこようとした時に、道が悪くて苦戦したようだ。深い深いわだちが目立つ。


深く残る車の跡


2022/6/20 - 藤堂さん黒倉入り・箱の設置

藤堂さんが2022年度黒倉2回目。今回は2階の作品で使われる箱の展示を作成。藤堂さんの箱のコレクションを開けてみると様々な箱が出てきてびっくり。顕微鏡の箱、薬局の箱、巻物の箱など、様々な専用の箱がある。藤堂さんが10年かけて集めたコレクションなのだそうだ。やはり箱というのはなかなか集めにくいので、アトリエ近くの古材屋?の人に声をかけて、箱を集めているそうだ。箱にも色々な用途があり、家などの建築と同じく空間をデザインしているのが面白いという。


10年以上集めているという藤堂さんの箱のコレクション


箱を決まったスペースに入れていくというのは思った以上に難しい。単調な並べ方だと見ていてつまらないし、複雑な模様にしようとすると、サイズに合う良い箱が見つからない。色や柄も、単調にならないように気をつけて配置を考えないといけない。



特に難しいのは上辺の部分にどう箱を詰めていくかだ。単純に置いておくと上辺の部分に中途半端なスペースができてしまう。複雑な模様を作るには上から打ち付けていく必要があるが、最初に打ち付けてしまうと、後から修正するのが大変になるので、イメージがとても重要になる。



普段と異なる環境で作業をすることも、難しさを感じるところだという。普段のアトリエであれば、何の道具がどこにあるかも把握しているし、道具がない、ということがないが、アトリエ以外の場所の作業になると(特に今回のような簡単に買い物に行けないような環境にあると)アトリエからこちらに向かう時点で何の道具が必要で何を持っていかなくては行けないかをイメージしないといけない。さらに道具を忘れてしまった時は他の道具でどのように代用できるかを考える必要がある。そんな難しい状況の中でも、藤堂さんの制作は進んでいく。

壁や床などの基礎の部分は前回の藤堂さんチームが完成させていったため、今回は藤堂さんがアトリエから作ってきた作品を配置したり、玉砂利などを敷いたり、基本的に藤堂さん1人での作業となった。(そこに私やアートフロントスタッフも手伝いに加わる)。



2022/7/23 草刈り、ゲル設置

7月30日の作品公開に向けて作業は大詰め。公開1週間前に、最終の整備で草刈りや、歴史展示をするためのゲルの設営、看板立てなどを行った。この日は大雨の中の作業だったが、予定通り作業が進んでいく。(のちにこの日に行った草刈りがちょっとした悲劇に繋がるのだが…)。



2022/7/23 ~ 25 - 作品最終設置・集落お披露目

公開1週間前に、作品の最終設置に向けて藤堂さんが黒倉へ。作品の完成に向けて、アトリエで作ってきた制作物や備品を各会場に設置していく。看板の設置や、足場づくりのためのデッキなど、作品以外の部分も制作を進めていく。



7/24には黒倉住民が集まり、作品の完成系のお披露目会を行った。黒倉住民が作品の受付に入るため、藤堂さんも作品に込められた思い・意味などを丁寧に説明していく。お披露目会の後は、十日町市市役所文化観光課の高橋さんによる受付方法についての説明もあり、受付道具なども配られた。いよいよ公開に向けて、具体的な説明が住民たちに向けて行われていく。



一応作品は完成になったものの、作品周りの環境をもっとこうしたいという案もどんどん出てくる。入口と砂利を敷いた部分の間の道をどうするかが議論となった。雨が降った時のぐちゃぐちゃの道はおそらく来場者は歩きたくない。でも道を作ろうにもあまりの資材もない。

難しいのは作品外の場所については誰が責任を持ってお金を出して整備するのかという問題だ。市役所か?地域か?作家側か?そのバランスを考えるのもまた難しいところではある。結局ここはお金は地域持ちで、足場となるデッキを作ることになった。また見晴らしを良くするために木を切りたいという要望、また、砂利道で溜まった水が流れるようにパイプを設置したりなど、作品周りの整備も進めていく。



藤堂さん的にはパレス(宮殿)なので、草刈り前の草がボーボーに生えていた方が庭らしくてよかったらしい。草を綺麗に刈った方が綺麗で見栄えが良いという集落側の価値観と草が沢山欲しかったという藤堂さんの価値観の違いが反映される場面で面白かった。家の中は藤堂さんが作るアート作品だと認識が明確だが、外に出ると誰がイメージを作ってどう管理するのかというのは曖昧な部分になる。ここが芸術祭の難しく・面白いところでもあるのかなと感じた。結局刈った草木をちょっとでも戻すために藤堂さんと2人で草の移植も行った。


藤堂さんと草を移植した後の橋


7/26 - 7/29 公開前の作業

24日のお披露目を持って、作品は完成したので、後は地域側で、藤堂さんの要望に沿って作業をしたり、おもてなしの準備をすることになった。まずは26日にデッキ作成。急遽入口と砂利道を結ぶためのデッキを作ることに。これも突貫工事だが、半日ほどかけてデッキを地域の方と作成した。後日公民館で机と椅子も借りて、会場設置を行い、いよいよ受付のイメージもみえる形になってきた。作品の印である看板とスタンプラリーのQRコードも設置されていた。



7/28 - 29はゲル内の歴史展示を行った。ゲルの中でピアノ線を張って、デコパネに貼り付けた写真と集落の歴史文章をくくりつける作業へ。写真を提供していただいたのは黒倉の写真家である小見重義さん。黒倉の生活の様子を写真に収めていて、まさに今回の生活芸術とピッタリ合う、素晴らしい写真を沢山撮られていた。



作品制作に関わって

今後はこの作品がずっと残り続けていくのか、形が変わっていくのか、それとも無くなって2度と見れることはないのかはまだ分からない。だがこのアートを通じて作家と地域のコミュニケーションの橋渡しとなり、そして来場者が黒倉という見知らぬ土地に入って体験し、何らかのインスピレーションを受けるであろう場所作りに関われたことを嬉しく思う。アート制作に関われたことも非常に貴重な経験だ。普段アーティストと関われることはあまりないと思うし、どのような価値観で作っているのかとか、大地の芸術祭ならではの困難とか様々な話を聞くことができた 。今回頂いた機会に感謝したい。


藤堂さんのインスタグラム:https://www.instagram.com/todo_kunst/
城門ノ和 黒倉のウェブサイト:https://jomon-wa.jp/
大地の芸術祭 公式サイト:https://www.echigo-tsumari.jp/


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