大地の芸術祭「パレス黒倉」は雪国の家の静かで薄暗い空間に漏れさす光の美しさと時間の重なりを表現する

「越後妻有 大地の芸術祭 2022」の新作として登場した作品「パレス黒倉」によって浮かび上がってきたものとは。

「大地の芸術祭 2022」にて黒倉集落で展示された作品。Photo by Shotaro Kamimura : 2022 Aug 26 11:36

「人間は自然に内包される」という基本理念のもと、各アーティストが越後妻有という豪雪地帯での暮らしの歴史、里山暮らしの豊かさ、そこに積層した人間の時間を生活芸術という形で作品として表現する大地の芸術祭。現在私が住んでいる松之山黒倉地域にも「越後妻有 大地の芸術祭 2022」(7月30日~11月13日)の新作として一つの作品「パレス黒倉」が登場した。この作品の登場によって浮かび上がってきたものとは。


作品について

大地の芸術祭公式サイトから作品についての紹介がある。


ツギハギのような様相を持つ空家の内部には、圧雪にも耐える強い柱と梁を備えた静かな空間が存在する。雪囲いで覆われた薄暗い空間に、外から一筋漏れさす光が神々しい。この象徴的な光を軸に、家からインスピレーションを受けて制作した作品を展示する。1階には冬の妻有のように静かなインスタレーションを、2階には忘れられた時間の重なりを感じるような作品を配置。窓越しに緑と光を感じられる、展望室のような空間も制作予定。(※作品手前に砂利道の登り坂あり)

作品についてー大地の芸術祭


外観

パレス黒倉の舞台となった、黒倉住民には「つんねの家」という名称で知られている家。外壁は木で作られ、二階の窓周辺には雪囲いの板が差しっぱなしになっている。


二階の窓には雪囲いの板が残る。


入口ー囲炉裏

まず入り口に入ると見えてくるのはこの囲炉裏スペース。雪国の家では囲炉裏を囲んで食事をとることは普通だった。電球の光がまるで火を連想させるように、囲炉裏の中を照らす。壁を注視してみると、すすで壁が黒くなっており、囲炉裏を使った生活の跡が見てとれる。


電球が火のように囲炉裏を照らす。壁も良くみるとすすで黒くなっている。


囲炉裏を覗くと、そこには四角い石で作られた作品がある。これは礎石を使って作られた作品で、家自体がこの礎石を土台にして建てられている。歴史を感じさせる素材の選び方にも面白さを感じると共に、家の土台が石でできているのかと単純に家の構造にも驚いてしまった。


家の礎石で作られた作品。


このパレス黒倉にはちょこちょこ説明されなければ見過ごしてしまうような遊び心も埋め込まれている。囲炉裏に囲んで配置されている椅子の一つにも、薄い積層ガラスが。さらにクッションで使われている布地も、黒倉地域で使われてきた古い布を使用したという。


椅子に積層ガラスが埋め込まれ、クッションには黒倉地域に昔から合った布を使用しているとのこと。


支柱に埋まる積層ガラス

奥の部屋に進んでいくと現れる、一本の柱が中心に立っている部屋。ここでは石ではなく、木材に対して積層ガラスが埋め込まれている。


窓の光に照らされる柱と積層ガラス


作家藤堂さんの話によれば、木材は湿気によって膨張したりするため、制作が難しいという。実際にこの柱の作品も黒倉で配置後に、少し割れてしまったそうだが、割れた後も黒倉の環境によってできた後だから味があって良いと語っていた。


右側に割れた跡が。黒倉地域の自然環境によってできた跡。


黒倉の冬

一階の柱の部屋の反対側には、黒倉地域の冬を表現した部屋がある。


黒倉の冬を表現した部屋


この部屋では家の形の焼き物が配置されている。この焼き物には黒倉地域での田んぼの土を利用して作ったという。実際に黒倉地域にある家の横の小さな車庫も作られており、黒倉地域を連想させる。


家の横の小さなとんがり屋根の車庫など、実際にある黒倉集落の建物を再現している。


この部屋にも細かい部分に遊び心が。玉砂利の一つに積層ガラスがうま込まれている。



家の端には関守石が。茶道で使われる石で、茶道の作法においては関守石が置かれた先は、立ち入りをご遠慮くださいという意味を持つ。ここにも積層ガラスが光る。



この部屋だけでなく、二階廊下にも設置されていた。


眺望の間

眺望の間には緑の積層ガラスを挟み込んでいる石が真ん中に置かれ、奥には黒倉の自然を切り抜いたように緑が見える。周りは白い壁に覆われ、緑が浮き出るような空間になっており、異空間に来たかのような感覚を覚える。


緑色が特徴的な部屋。


藤堂さん曰く、ここの石は周りをぐるっと回って積層ガラスに映り込む景色の変化を楽しんでほしいとのこと。周りながらガラスを覗き込むと景色がグネグネと曲がることもあれば、フラクタルのように、内側から輪っかの模様が浮き出てくるように見えたり、不思議な世界がガラスの中に広がる。


石の周りを回ると中には不思議な世界が。


また、同じ部屋には、箱がテトリスのように綺麗に積み重なってできたスペースやステンドグラスが存在する。


15:44撮影。夕日が差し込む。


農薬、お茶、ラジオ、顕微鏡、様々な用途の箱が置いてあり、押入れのスペースにピッタリはまっている。これらの箱は、元々この家に置いてあったものもあるが、藤堂さんの10年来のコレクションが大半を占めている。アトリエ近くの古材屋?の人に声をかけて、箱を集めているそうだ。箱にも色々な用途があり、家などの建築と同じく空間をデザインしているのが面白いという。


ピッタリと埋まった箱。様々な用途の箱が詰まれ、歴史を感じさせる。


ステンドグラスはドイツのガラスを用いている。太陽の角度によって光の反射具合も異なり、見る時間帯によって異なる印象を受ける。



昭和の間

2階のもう一つの部屋には昭和を感じさせる部屋が存在する。ここには、もともと空き家に存在していた物に合わせて、藤堂さんが自身の時計作品とコレクションを合わせて制作。忘れられた建物の住民の記憶や時間の重なりが再び動き出すようなイメージの部屋を作成したという。写真では分からないがいくつかの時計の音がカチカチ重なり合いながら鳴り響き、まるで時間が戻って昭和に戻ってきたかのような感覚に陥る。



時計も針が逆周りに回ったり、鳩サブレから不定期に鳩が出てきたりと、面白い仕掛けが組み込まれている。

パレス黒倉の名前の由来

初めて藤堂さんが作品の舞台となった空き家に来た時、部屋の数にまず驚いたそうだ。そこから宮殿という意味のパレスをつけ、パレス黒倉となった。


「藤堂」について

藤堂の作品の背景には常に時間がある。その作風は「場所の固有性」をテーマに自ら歩いて集めたものを中心に創造され、様々な形態を持つ。もっとも代表的な作品はドイツ滞在時に制作されたもので、世界各国にある史実を刻んだ土地の石を切断しその切断面に積層ガラスを埋め込み磨き上げたものである。バサルト・シリーズでは玄武岩を使って列柱状のインスタレーションも行うが、これはヨーゼフ・ボイスがドクメンタ7で始めた「7000本の樫の木」プロジェクトからインスピレーションを得たものだという。また、本のシリーズでは西洋の哲学書・小説・聖書や讃美歌などを扱い、積層ガラスをはさむ方法とページを樹脂で固める二種類の方法で作品を制作している。デュッセルドルフに10年以上住み、肌で感じた西欧文化と日本の美意識が融合されている藤堂の作品は、国内外で人気が高い。東日本大震災を機に制作拠点を日本に移してからは、社会の新陳代謝の中で消えていく名建築の瓦礫や故郷の宇和島で養殖された真珠を用いた作品も発表している。

藤 堂 TODO 1969 - ART FRONT GALLERY


インスタグラムで藤堂さんの活動制作を追うことができる。


藤堂さんのインスタグラム:https://www.instagram.com/todo_kunst/


また、今回の作品ではないが、藤堂さんの作品制作の経過を映した映像も見ることができる。



パレス黒倉の制作背景

私は新潟県十日町市の地域おこし協力隊として、今回のパレス黒倉の制作にも携わらせていただいた。その中で地域、作家、市役所が連携して制作していく様子を下記の記事に記録している。


集落との共創アート:大地の芸術祭「パレス黒倉」が松之山黒倉で公開されるまで

「越後妻有 大地の芸術祭 2022」の新作として登場した作品「パレス黒倉」は集落との共創によって2022年7月30日から無事に公開された。公開までのアート制作の舞台裏を紹介する。

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黒倉地域について

新潟県十日町市の松之山黒倉は、中心市街地から車で40分ほどかかる中山間地。山に囲まれ、冬は4mを越すほどの雪が積もる豪雪地帯でもある。ここでは地域住民が団結して暮らしを守る。冬は「黒倉助っ人隊」という除雪チームを黒倉住民で結成して除雪を行う。また、稲作のための生産組合を作り、黒倉での天水田での稲作を行なっている。また黒倉には従来の地域文化の継承に加え、地域活性化のために新たな道を開く者もいる。「縄文ノ和 黒倉」というグループを立ち上げ、黒倉で収穫したそばを使ってそば祭りを開催したり、大地の芸術祭の作品誘致を行う動きもあれば、温泉から山塩を作ったり、ホーリーバジルを使ったお茶を特産品として販売する動きもある。


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