ワイン・ビール・日本酒など、今飲まれているお酒は古い歴史を持っており、太古の昔からお酒は飲まれてきた。味を楽しむだけでなく、宗教で神と人を結びつけるための大切な役割を果たしていた。現代でもコミュニケーションの促進としてもお酒は飲まれ、「飲みニケーション」という言葉も出てくるほどだ。そんな古い歴史を持つお酒はどのように出来ていったのだろうか?
発酵の誕生
お酒には発酵が欠かせない。そのためお酒は発酵飲料ともいわれる。発酵で作られる飲料や食料はお酒に加えて、醤油、味噌や、納豆、漬物、チーズなど、さまざまなものが作られている。
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発酵とは何か?簡単に分かりやすく解説
世界中で食べられている発酵食品。 日本でも醤油、味噌、みりん、日本酒、漬物など、発酵食品は身近だが、発酵とはそもそもなんなのだろう? ここでは発酵とは何かを解説する。 発酵とは? 発酵とは、微生物の活動によって食べ物が人 ...
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そもそもこの発酵はいつ生まれたのだろうか?
糖の発酵(糖分解)は地球の生物が利用した最古のエネルギー生産方法であり、一説によれば40億年ほど前に原始的な単細胞の微生物が、生命の元になった有機物の海「原始スープ」に含まれていた単純な糖を取り込み、エタノール(お酒の主成分)と二酸化炭素を排出した(1)
この地球に生命が誕生するようになって間も無く、お酒の成分が既に存在していたことになる。
酒の歴史区分
人類が誕生してから酒はどのように発展していったのだろうか。
宮崎 (2007)によれば世界の歴史の五つの区分はそのまま酒の変容プロセスに重なるという。
- 狩猟採集時代:「醸造酒」が作られる時代
- 文明ができる時代:穀物が大量に出来たことによる酒の大衆化
- ユーラシア諸文明の交流期:「蒸留酒」の誕生
- 大航海時代:「混成酒」の多様化
- 産業革命時代:酒の大量生産
- グローバル時代:カクテルの成長
ここでもこの時代区分に沿って酒の歴史を見ていく。
狩猟採集時代
実は人類が現れる前から、既に動物達によってアルコールは消費されていた。
アルコールは高エネルギーで手頃な糖分の存在を動物達に知らせる役割を果たし、1億年ほど前の白亜期に果実をつける樹木が出現すると、大量の糖分とアルコールが自然界に供給された。(1)
採集時代には早くも人間も自然界に存在するアルコールの存在に気づき、アルコールを楽しむようになった。採集時代に主に飲まれていたのは、ブドウ、ヤシ、蜂蜜などの自然界に存在する糖分の多い素材を発酵させる「醸造酒」だ。(2)
生活の中で「発酵」という現象に出会い、そこからアルコールとの出会いに繋がる。
お酒は大きく分けて醸造酒、蒸留酒、混成酒に分けられるが、狩猟採集時代に飲まれていたのは主に「醸造酒」であり、ウイスキーやウォッカなどに代表される「蒸留酒」や、リキュールなどの「混成酒」はもっと後の時代になって登場することになる。
ミード・蜂蜜酒
ミードは世界最古のお酒と言われ、1万4千年ほど、だいたい旧石器時代からあると言われる。(3)
ハチミツを水に溶かして発酵させるシンプルなお酒。
ワイン
ワインの原料となるブドウは、今から約300万年前から地球上に存在していたと言われ、ブドウの糖分を分解してアルコールを発生させる酵母も、ブドウと同じく約300万年前からあったという説がある(4) 人類が生まれる以前から、ブドウの実が落ちてつぶれ、酵母によって発酵し、自然にワインが生まれていた可能性があり、人類がワインを作ったというよりは、発見によって関わりが生まれていったのかもしれない。
紀元前5000年頃に記された世界最古の文学作品と呼ばれるメソポタミアの「ギルガメシュ叙事詩」や、紀元前4000年代エジプトのピラミッドの壁画にもワイン造りの様子が描かれており、(4) 6000-4000年前にはメソポタミア・古代エジプトに伝わるとされる。(2)
馬乳酒
遊牧民は馬乳を酒の原料として、馬乳を発酵させた。世界の酒のほとんどは植物が原料だが、馬乳酒は動物が原料という珍しい酒でもある。馬乳酒の起源はまだよく分かっておらず、馬の家畜化が紀元前4500年頃と考えられていることから(5)、馬乳酒が作られたのも紀元前4500年より後だと推測される。日本のカルピスは第一次世界大戦後の1919年にモンゴル人が飲んでいた馬乳酒をヒントにして作られた。(2)
文明ができる時代
農耕が発達し、穀物を多く作る技術が発達していったことで、文明が発達する時代に突入する。
穀物を糖化させた後に発酵させ、大量の醸造酒をつくる技術が開発され、酒が大衆化したのもこの時期だ。(2)
文明は、ムギ、コメ、アワ・キビ、トウモロコシなどのイネ科の殼物の栽培を前提に成立した。(2)
- 麦→ビール (メソポタミア・エジプト)
- ひえ、きびやこめ→黄酒(中国)
- 米→清酒 (日本)
- とうもろこし→チチャ(インカ帝国)
という形で、それぞれの穀物から起源を見ていくことができる。
米と日本は深い関わりがあり、単に食料としてだけでなく、経済や文化に大きな影響を与えてきた。そんな稲作と日本の関係性について見ていく。 続きを見る
稲作の歴史:稲作からみた日本の成り立ち
ビール
文明が誕生した5000年前にはビールはすでにメソポタミアやエジプトで飲まれていた。(2) シュメールの人々が粘土板に楔形文字で描いたビールづくりの模様が記録に残っている。(6) 当時のビールは、麦を乾燥して粉にしたものをパンに焼き上げ、このパンを砕いて水を加え、自然に発酵させるという方法で作られていた。(6)
黄酒
中国では、ヒエを原料とする黄酒が飲まれた。 紀元前 6000 年前後の竜山文化時代の遺跡からは、酒器のような用具が出土していることから、黄酒は新石器時期にすでにあったのではという見方もある。(7) 黄酒を代表する名酒に紹興酒がある。
清酒
日本の酒の製法は中国・朝鮮から伝えられ、日本独特の製法が生まれていった。日本ではコメを原料に清酒が作られるようになる。 8世紀の「大隅国風土記」に記された酒の記述が、米を原料とした酒の最古なのではと考えられており、加熱した米を口の中で噛み、唾液に含まれる酵素で糖化し、野生酵母によって発酵をすすめる「口噛みノ酒」が作られたとされる(8) 水に濡れてカビが生えた干し飯で酒を醸し、どぶろくが作られていたともされる。(2)
麹を作るために使われ、湿度の高い東アジアや東南アジアにのみ生息する糸状菌「麹菌」は日本に独特な和食文化をもたらした。 続きを見る
麹菌とは:日本の和食や発酵文化を支える麹菌の種類や役割について整理する
チチャ
新大陸にあったインカ帝国 (1200頃 - 1532)ではとうもろこしを原料にしてチチャという酒が作られた。ここでも日本での「口噛みノ酒」と同じように、とうもろこしを噛んでは吐き出して唾液で発酵させて作られた。(2)
ユーラシア大陸での交流期 (7-14世紀)
九世紀に「蒸留器」がイスラーム世界で発達すると、それが東西にひろがって、各地で新しいお酒「蒸留酒」が生み出されるようになる。イスラム世界で蒸留機が作られたことで、新たなお酒の種類が出来上がるようになった。
お酒の種類
酒の種類は大きく分けて3種類ある。
- 醸造酒:原料の糖質やでんぷん質を糖化し、発酵させて作るお酒
- 蒸留酒:醸造酒を蒸留して造られるお酒
- 混成酒(リキュール類):醸造酒や蒸留酒に香料や果実などを加えてつくったお酒
蒸留とは?
水とアルコールの沸騰点の違いを利用して、高濃度のアルコールを得る方法を蒸留という。水の沸騰点は100度に対し、アルコールの沸騰点は約78度なので、加熱すると最初にアルコール濃度の高い蒸気が生まれる。その蒸気を取り出して冷却すると、アルコール濃度の高い液体を取り出すことができる。
イスラム世界での蒸留機
蒸留技術の中心をなす「蒸留器」はもともとは酒づくりではなく錬金術のために考え出され、鉄や鉛などの卑金属を金、銀などの貴金属に変えて儲けようと企んだ錬金術師によって蒸留機が開発された。(2)
ウォッカ
ロシアでは蒸留技術を使うことでウォッカが生まれた。
ウォッカの誕生の年代は明らかではなく、11世紀ごろには隣国ポーランドに存在していたという説もあり、ロシアのモスクワ公国(1271 - 1547)の時代の記録には農民が飲む地酒として記録が残っている。(9)
ブランデー
ブランデーが最初に文献に登場するのが13世紀で、本格的な産業に発展したのは、17世紀半ばになる。(10) 13世紀にスペイン人の錬金術師で医者であるアルノー・ド・ビルヌーブが、ワインを蒸溜し、薬として使っていた。(10) その後この液体は「いのちの水(オー・ド・ヴィー)」と呼ばれ(10)、14世紀半ばのペストが機会でこの「生命の水」が広まった。(2)
ウイスキー
ウイスキーの起源はアイルランドにあるとされる。1172年にイングランドのヘンリー二世が率いる軍がアイルランドに侵攻した時、既に大麦で作られたビールを蒸留した酒が飲まれていた。(2)
泡盛
15世紀後半の交易先のタイのアユタヤ朝から琉球に電波したとする説が有力。(2)琉球王朝と東南アジア諸地域の活発な交易活動が日本への蒸留技術の伝来のきっかけとなる。(2)
焼酎
琉球に受け継がれた蒸留技術はそのまま薩摩(鹿児島)へ伝わることになる。芋や麦などが使われ、焼酎が作られた。
白酒
「白酒(パイチュウ)」は日本ではあまり馴染みはないが、ウイスキー・ブランデーと並んで挙げられる世界三大蒸留酒の一つで、中国では広く親しまれている。(12) 中国で白酒が作られるようになったのはモンゴル人による元帝国(1271 - 1368)の時代という説がある(2)
リキュール
蒸留酒に薬草・甘味料など入れて独特な風味付をしたのがリキュールであり、「混成酒」に分類される。
現在のリキュールの創案者は、ブランデーの創始者でもあったアルノー・ド・ビルヌーブ(1235~1312頃)とその弟子のラモン・ルル(1236~1316)だといわれている。(11) 彼らはスピリッツにレモン、ローズ、オレンジの花、スパイスなどの成分を抽出してリキュールを作り上げた。(11)
大航海時代(15 - 17世紀)
十六世紀の「大航海時代」以降に新旧両大陸の酒文化の交流が進み、海の世界がもたらす香辛料・果物などが酒文化と深くかかわるようになり、「混成酒」が多様化する。大航海時代によってヨーロッパやアジア、アメリカ大陸が繋がるようになると、様々な物や情報が交換されるようになった。 新たな原料が醸造家の元へ届くようになることで、さらに新しいお酒が生み出されるようになる。また、航海で品質を保つために酒精強化ワインも作られるようになる。
酒精強化ワイン
酒精強化ワインとは醸造工程中にアルコールを添加して、ワイン全体のアルコール分を高め、味にコクを持たせ保存性を高めたワインのことをいう。
代表的な酒精強化ワインとして、三大酒精強化ワインがある。
- マディラ・ワイン (ポルトガル)
- シェリー酒 (スペイン)
- ポート・ワイン (ポルトガル)
マディラワイン
大航海時代、マディラ島の葡萄で作られるワインは、他の国に運ぶために行われた長い航海の中で、腐敗を防ぐためにブランデーが加えられて発酵が止められていた。(2) ある時航海を終えて船に積み残されたマディラワインを飲むと、蒸し暑い船倉のなかで波に揺られていたために風味とコクが増したワインが出来ていた。(2)
シェリー酒
シェリー酒もマディラワインと同じく、ワインの特産地でカディスの奥に位置するヘレス・デ・ラ・フロンテラ地方から運ぶワインに蒸留したブランデーを加えて腐敗を防ごうとしたことからできた酒精強化ワインになる。(2) 長期にわたる航海に耐えられるような長持ちするワインをつくろうとしたが、ブランデーを添加してアルコールの度数を高め、発酵を停止させたことにより個性豊かな酒になったのが起源とされる。(2)
テキーラ
テキーラの起源は18世紀半ば、スペイン統治時代のメキシコのシエラマドレ山脈で起こった山火事に端を発している。(13) ハリスコ州テキーラ村で山火事によってやけたマゲイが独特の甘い匂いを漂わせ、不思議に思った村人がひとつのマゲイの球茎を手で押しつぶすと甘味があったことから、その汁から発酵、蒸留したところから始まった。(13)
アクアビット
大航海時代で様々な食物が交換され、北欧にはジャガイモがアメリカ大陸からもたらされた。このジャガイモを原料にして、アクアビットという酒が作られた。(2)
アップルジャック
アメリカ植民地で本国から移植されたりんごから蒸留酒ができる。
ラム
ラムの歴史は砂糖の歴史であり、すなわちヨーロッパによる植民地支配の歴史ともいえる。コロンブスが中南米カリブ、バハマ諸島に1492年に辿り着き、そこにサトウキビが初めて持ち込まれた。(14) 遅れてイギリス、フランス、オランダもカリブの島々に入るようになり、入植したヨーロッパ人はサトウキビプランテーションを始める。(14)
こうして三角貿易(が始まり、16世紀後半に三角貿易が本格化すると砂糖の売り上げも爆発的に伸び、生産量も飛躍的に伸びた。サトウキビから砂糖を造るとき、結晶化して砂糖になる部分と、結晶化しないで砂糖にならない部分ができるが、この砂糖にならない部分を発酵、蒸留することによりラムが誕生した。(14)
産業革命以後 (19 - 20世紀)
産業革命以後は「連続蒸留機」が出現して酒の大量生産が始まった。
シャンパン
フランス北部のシャンパーニュ地方では16~17世紀頃から一般的な赤ワインが生産されていたが、冬の寒さが大変厳しいため春になるまでワインの発酵が十分に進まなかった。(15) 冬の寒さで十分に発酵しなかった半発酵のワインは春の暖かさでボトル内で二次発酵し、発泡性のワイン・シャンパンに自然に変わっていく。
1680年頃にドン・ペリニョンが酒蔵で破裂したワインを偶然発見。(2)発泡性のワインを作るために、発泡の圧力に耐えるガラス瓶の製造法を考案した。(15) こうしてシャンパンが安定生産されていく。
ジン
ジンのあゆみとして、「オランダで生まれ、イギリスで洗練され、アメリカが栄光を与えた」と言われる。(14) ジンの起源は1660年にオランダのライデン大学医学教授シルヴィウス博士が薬用酒として生み出され、イギリスの名誉革命によって1689年にオランダからウイリアムⅢ世が英国国王に迎えられるとジンはロンドンで爆発的な人気を得るようになった。(16)
ジンがアメリカに渡るようになると、マティーニなどカクテルに使われるようになり、さらに広く飲まれるようになる。(2)
バーボンウィスキー
とうもろこしを酒原料にして作られたウィスキーであり、1789年にバーボン郡に住んでいた牧師によって作られた。(2) 「ジャックダニエル」は代表的なバーボンの一つ。
グローバル時代 (20世紀~)
酒文化が世界中で交わり、グローバル化していく。
カクテル
18世紀以降に誕生した酒の飲み方で、第一次世界大戦後に世界化し、ウイスキー、ジン、ウォッカなどアルコール濃度の強い酒に、他の酒やリキュール、シロップなど加えていく。細かく数えると20000種類もあるとされる。(2)
注 : (1) McGovern (2009) (2) 宮崎 (2007) (3)人類最古のお酒「蜂蜜酒(ミード)」とは?歴史や製法・おすすめ5選 (4) ワインの起源って? ワイン好きなら押さえておきたい豆知識 (5) 石井 (2002) (6) ビールの歴史 (7) 中国・江南地域における黄酒文化の維持・継承 (8) 日本酒の起源はいつ?日本酒文化の歴史を紐解いてみよう (9) ウォッカの歴史(1) (10) ブランデーの歴史を教えてください。 (11) リキュールとは (12) 世界三大蒸留酒の1つ!中国の歴史的なお酒「白酒(パイチュウ)」とは (13) テキーラの歴史 (14) ラムの歴史 (15) フランスから海を渡って誕生し、故郷で命を吹き込まれた「シャンパン」 (16) ジンの歴史
参照: 石井智美 (2002) 馬乳酒に関する微生物学的知見と機能性, 日本醸造協会誌, 97, (3) 210 - 215, 10.6013/jbrewsocjapan1988.97.210, http://ci.nii.ac.jp/naid/40004718373 McGovern, P. E. (2009). Uncorking the Past: The Quest for Wine, Beer, and Other Alcoholic Beverages (パトリック・E・マクガヴァン 『酒の起源―最古のワイン、ビール、アルコール飲料を探す旅』 藤原多伽夫訳 白揚社) 宮崎 正勝 (2007). 知っておきたい「酒」の世界史. 角川学芸出版.