ガストロノミーとは何か:ガストロノミーの意味と歴史

ガストロノミーという言葉を最近聞くようになったが、ガストロノミーは何を意味するのか。ガストロノミーという言葉の歴史と現在を知ることで、食の歴史を知ることができるだけでなく、未来の食のあり方が見えてくるかもしれない。


ガストロノミーの定義

ガストロノミーは定義としては幅広く、様々な意味合いで使われている。定義を調べてみると下記のようなものが出てくる。


ガストロノミー(仏: gastronomie、英: gastronomy)とは、食事・料理と文化の関係を考察することをいう

Wikipedia

料理という言葉が食材を調理する方法を指すのに対し、料理を中心として芸術、歴史、科学、社会学などさまざまな文化的要素を考える総合的な学問。文化と料理の関係を考察すること。

コトバンク


ガストロノミーツーリズムを提供している雪国観光圏では、コラムの中で下記のようにガストロノミーを語る。


イタリア発祥のスローフードの文脈では、美食家のことを“ガストロノモ”という。その意味は、お皿の上の食材がやってきた背景や文化、歴史のことを想像し、それらを暮らしにまで反映している人のことだとものの本で読んだ。なるほど、そちらのほうがより等身大で想像しやすい。ガストロノミーとは、風土と素材、生産者、料理人、食べる人との“知恵の循環”のことなのか。

雪国観光圏 - ガストロノミーとは、なんだろう


以下のような定義のされ方もあった。


「ガストロノミー」という語には現代においても未だ明確な定義はないものの、一貫した捉え方として、「食べる」という生理的欲求に対して美的価値、つまり食べ方に意味を与えたり食卓での作法を取り決めたりして「おいしく食べる」あるいは「美しく食べる」ことを追求する態度であるとされている

 20世紀初頭のフランスにおける地方主義的ガストロノミーについて(1)


ガストロノミーは料理や作法について語られることもあれば、料理に関わる人や環境について、そして食と社会や文化の関係性までなど、とてつもなく広い文脈で語られることもあるようだ。


ローカルガストロノミーとは

日本でも、「ローカルガストロノミー」という新たな言葉も生まれている。「ローカルガストロノミー」という言葉はライフスタイル提案誌『自遊人』編集長・岩佐十良氏が生み出した言葉であり、『自遊人』2017.11月号でローカル・ガストロノミー宣言がされた。この言葉の意味には“自分の住む地域の文化や歴史、自然環境を料理に表現していこう”という意味合いが込められている。(3)


「ガストロノミー」と日本の「美食」の違い

ガストロノミーは日本語ではよく美食学などと言われているが、福田 (2018)はフランスのガストロノミーと日本で略されている言葉「美食」には意味が重なる部分がある一方で、ある決定的な点で違いがあるとしている。フランスのガストロノミーは「共食性」を軸にした社会性がガストロノミーの概念の核になっているという。(2)一方、日本でよく訳されている「美食」概念は、日本の様々な文学や漫画で表現されるように、美味しい料理やお酒に向かい合い、味わい表現することを探求する姿勢であると述べている。(2)


ガストロノミーの歴史

フランス語のガストロノミー(gastronomie)はもともとギリシア語のガストロニミア(gastronomia)からきている言葉で、17 世紀前半から使用され始めたという。(2) gastronomieは元々「胃袋=gastro」 と「規範=nomie」 から作られた言葉で、「胃袋を統御する術」を意味する。(2)『フランス語歴史事典』によればこの語の使用が広まったのは,19 世紀初頭以後であることがわかる。(2)


レストランの発展とガストロノミー

19世紀から20世紀まで、ガストロノミーについての本が盛んに出版され、様々な職業の人々がそれぞれの視点からフランス食文化のあり方を書き著した。(1) 特に19世紀はレストランの人気が高まった時期でもあり、それまでほんの一部の人しか食べれなかった「美食」が、お金を払えば食べられるようになった。ガストロノミーについても、レストラン人気を背景に考察の対象が広がった。(1)


旅とガストロノミー

19世紀末から20世紀初頭の時期は、「旅の楽しみとしての食」について書かれた本がで始めた。(1) それまでの「旅」といえば目的のために出かけ、困難を伴っていたが、19世紀後半に鉄道や自動車が開発され、交通の利便性が高まると、「旅」はレジャーとしての側面を持つようになった(1) 19世紀末以降のガストロノミーは、移動手段について書かれていたり、内容もパリからフランス全土へ広がっていく。(1)


工業化と地方主義

19世紀末から産業革命によって工業化が推し進められ、人類は大量生産・加工食品の生産を可能にした。人々はさらに「効率性」を求めるようになった。生活の利便性は高まり、効率化による経済の発展は多くの人に歓迎されたが、一方でパリと地方の経済的格差の広がるのではないかとか、フランス各地の「個性」が失われるのでは、という懸念も生まれ始めた。(1) ここから各地方の経済的・文化的な豊かさを追求する「地方主義」が生まれる。(1) 1920年代には当時の美食家たちの中にも「地方主義」に賛同する者が現れ、元来存在してきたフランス料理の芸術性と多様性の復興を目指す活動が始まった。(1)


ガストロノミーの学問的な研究

1950 年代以降には、フランスの食文化を学問的に研究する動きが、地理学や歴史学でまず起こった。(2) 1980 年代あたりからガストロノミーと学問の関係性は社会学にまで広がっていく。(2)


サステナビリティと繋がるガストロノミー

2021 Oct 27 - 新潟県十日町市の星峠の棚田にて撮影。棚田は食糧生産の場だけではなく、環境保全や教育の場などで使われている。


ガストロノミーはサステナビリティの概念とも近づきつつある。2016年12月に国連総会は6月18日を「持続可能な食文化の日」“Sustainable Gastronomy Day”に制定した。食の歴史から見て、社会構造の変化によって起こる食に関わる問題は多くある。

  • 過剰な食糧生産による温室効果ガスの過剰排出
  • 農薬の使用による土壌破壊や、農業・食品輸送における石油の依存
  • 食肉工場における動物の扱い方
  • 容易に多くの糖分・脂肪を取れる社会構造となったために起こる肥満などの健康問題
  • 食事自体にかける時間が少なくなることによるコミュニケーションの減少
  • 最終的にゴミとなる多くの食料


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ガストロノミーはサステナビリティーとの相互関係によって、農業開発/食糧安全保障/栄養摂取/持続可能な食料生産/生物多様性の保全を促進する役割を果たせるという考えがある。(3) 元々の自然の本来の自然環境・生態系の循環、そして自身の健康を守っていくという意味で有機農業の流れや農薬をどのように使うのかということを生産者、料理人、消費者はガストロノミーを通じて考えるきっかけが増えていくだろう。


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こうしたガストロノミーとサステナビリティの相互関係が深まっていく動きは世界中で見られる。その大きな流れの一つとしてイタリア発祥のスローフード運動が挙げられる。スローフードは地域の食文化を楽しむ草の根運動として始まった。ローマのスペイン広場にマクドナルドが開店し、食のグローバル化によってイタリアにファストフード文化が流入してくることに対して危機感を感じ、地域食や伝統食材など、食文化を守るために「ファストフード」とは逆の「スローフード」運動が始まったとされている。代表的なイベントとしてスローフード協会では”Terra Madre Salone Del Gusto”というイベントを開き、世界から「食」を共通項にした生産者・料理人・学者を集めて会議や見本市を行い、食の未来について考える祭典を開いている。


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ガストロノミーと日本の地方

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ガストロノミーの未来

食は人間の生活や自然環境と深く関わっており、フードシステムを考えることは人間の豊かさを考えるだけではなく地球を守ることにもつながる。時代が進み、テクノロジーによって社会が変化したり、外部要因が変化することで、食とは何かとは、再考され続けていくだろう。食の未来を考えていく上で、ガストロノミーの意味を考え続けていくことはとても重要だ。


注:
(1) 梶谷 (2020)
(2) 福田 (2018)
(3) 料理通信 - ガストロノミーの再定義
参照:
梶谷彩子(2020) 20世紀初頭のフランスにおける地方主義的 ガストロノミーについて 国際交流研究 : 国際交流学部紀要 22 231-258 (『La Gastronomie régionaliste en France au début du XXe siècle』)
福田育弘(2018) ガストロノミーあるいは美食はどう語られ,どう実践されるか 学術研究. 人文科学・社会科学編 = Academic studies and scientific research (66), 265-290, 2017  (『Qu'est-ce que c'est la gastronomie en France par rapport au bisyoku au Japon ? -Le discours gastronomique francais face a celui du Japon-』)


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